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レ・チュン・トゥアンさんは、麻薬に溺れる日々から自力で立ち直り、麻薬中毒者の社会復帰を支援する施設を立ち上げ、数百人もの中毒者をサポートしている。
「母は6回の流産の後に私を出産したため、私は小さな頃から甘やかされていました。これは、私がハノイ市の短期大学に入ってから麻薬に手を染めてしまった原因の1つでもあります」。今年45歳になるトゥアンさんは、自身の人生の最も暗い過去をゆっくりと話し始めた。
北部紅河デルタ地方ハナム省ズイティエン町出身のトゥアンさんは当時、両親が自分を叱ることはないとわかっていたため、家族に見つかっても公然と麻薬に溺れていた。「今回だけだから、お金をちょうだい」とトゥアンさんは母親に何百回も金銭をせがんだ。
禁断症状に苦しむ息子の姿を見て、母親のルオン・ティ・バンさんは涙を流し、息子に金銭を渡した。母親の資金が尽きると今度は姉を騙し、家中の金目の物がなくなるとハノイ市へ行き、日に日に増していく薬物への欲求を満たすため、悪事を働いては金を稼いだ。
息子が麻薬中毒者だという噂が広がり、母親のバンさんは市場に買い物に行っても何も売ってもらえないことが多々あった。トゥアンさんの父親は地元の退役軍人協会の副会長の職についていたが、会員から信頼できないと批判され、職を辞任した。
トゥアンさんがまだ中毒まで陥っていなかった頃は、トゥアンさん自身も麻薬をやめたいと考えていた。トゥアンさんは父親に、自身を密室に閉じ込め、足を鎖で床につなぎ、鎖の鍵を池の中に投げ込むよう頼んだ。
しかし、わずか3日間で薬の禁断症状が出て、トゥアンさんは獣のように暴れて部屋のドアとシャッターを破壊し、鎖が繋がれているコンクリート片を引きずったまま、薬を探しに出て行ってしまった。思う存分に「遊んだ」後、トゥアンさんは母親に土下座し、「今度こそ、麻薬を断ち切ると約束します」と伝えた。