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ディン・タン・フイさん(男性・29歳)は、昼間は仕事をし、夜はラッパーとして楽曲を作って歌い、稼いだお金は困難な状況にある子供たちの支援に充てている。
「フイお兄ちゃん、これを手伝ってほしいんだけれど…」。こう話しかけながら、子供たちはフイさんの後を追う。呼ばれたフイさんは、「お兄ちゃんだよ!ちょっと待ってね」と優しく応える。
フイさんは現在、ホーチミン市5区6街区青年団書記を務めている。フイさんは2024年の夏、街区の子供たち向けに、環境に優しいごみ袋のデザインやトートバッグへのペイントなど、様々な遊びの場を設けた。
子供たちにとって、フイさんは親しいお兄ちゃんだ。フイさんはいつも穏やかで、子供たちにあれこれと説明し、困難な状況にある子供たちに無料で家庭教師もしている。しかし、このお手本のようなフイさんが過酷な幼少期を過ごしたことを知る人はほとんどいない。
フイさんいわく、彼の幼少期は苦々しい日々の連続だったという。父親は家を出て行き、母親は再婚し、フイさんは母方の祖父母と暮らした。父親がいないという感覚が、いつもフイさんに欠乏感を抱かせた。7歳のときに母親に引き取られ、母親と一緒に暮らすことになったが、そこには母子の絆などなかった。
「父親がいないことで、学校でいじめにも遭いました。しばらくするとうつのようになり、人生に対して懐疑的になって、徐々に心を閉ざしていったんです」とフイさんは語る。