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チャウさんが基本的な線の描き方と色使いを習得した頃、先生が海外に行くことになり、絵画クラスは終了してしまった。教えてくれる先生がいなくなり、チャウさんは独学で絵のレイアウトを学び、本や雑誌、絵などから色の配合を勉強した。しかし、チャウさんの夢を消しかねない、最大の障壁は、痙攣する腕を自身でコントロールできないことだった。そのため、1枚の絵を描き上げるのに約6時間を費やした。
画家になることを夢見ていた当時9歳のチャウさんは、平和村で友達に笑われ、先生たちに不可能な夢だと絵筆を没収されても諦めることはなかった。創造への意欲はさらに強くなり、「身体に障害があっても才能に制限はない」ことを証明するため、チャウさんは努力を続けた。
「ある時、障害者が口で絵を描いている写真を偶然目にして、なぜ自分は彼女のようにしなかったのかと突然閃きました。自分の容姿を自分で選ぶことはできませんが、自分の人生は自分の手の中にあるんです」。
絵を描く中で、アクシデントも起きる。口の中で折れた筆が顎に刺さって流血したり、インクを飲み込んでしまったりすることもよくある。数え切れないほど筆を壊しては交換してきた。そして3年近く練習し、チャウさんは口を使って筆を思いのままに動かして絵が描けるようになった。
「もし普通の人が1努力するなら、私はその2倍、3倍、10倍だって努力します。忍耐力により自分自身の限界を越えることができ、不可能を可能にすることができるんです」とチャウさん。
チャウさんは17歳で平和村を出て、苦労しながらも口で絵を描くことで生計を立て、自分のアトリエを持つという夢を育てた。
そして20歳の時、初めてホーチミン市7区に自分のアトリエを開き、創造できる喜びに感激した。「創造性は画家にとって最も重要な要素です。私は決して誰かのアイデアを真似しません。それが違いを生み出すための秘訣なんです」とチャウさんは教えてくれた。
チャウさんは良いアイデアが浮かぶと一晩中起きて絵を描き、アイデアが浮かばなくなると寝た。10分で描き終わった絵もあれば、1年がかりで完成させた作品もある。 毎日20時間以上、夢中で絵を描き、デザインを考え、外国語も学んだ。身体に良くないとはわかっていても、絵を描くことへの情熱を止めることはできなかった。そして、この20年間にチャウさんが描いた絵はおよそ2000枚に上る。