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「肩にとても負担がかかり、また足も動かさないといけなかったため、体のあちこちが痛みました。その時、もう体はついてきていませんでしたが、意志と決意の力で先に進むことができました」とダンさん。
翌日、ダンさんは更に数時間登り続け、ようやく頂上に到達した。ベトナム、そしてインドシナ半島の最高峰として「インドシナの屋根」とも呼ばれるファンシーパン山の山頂に立って一面に広がる雲を眺めると、今までの疲れは吹き飛んだ。
ダンさんとともにファンシーパン山に登ったメンバーの1人であるトゥー・フオンさんは、登山の夜は大雨で道はぬかるみ、懐中電灯の電池も残りわずかだったことを教えてくれた。「メンバーの何人かは先に休憩所に行き休んでいました。遅れた4人が後に残り、その中にダンさんがいました。彼はいつでも周りを励まし、面白い話をして、皆の空腹、寒さ、そして野生動物への恐怖を忘れさせてくれました」。
2018年、ダンさんは紅河デルタ地方ニンビン省と東北部地方クアンニン省ハロン市で開かれた一般のマラソン大会に、松葉杖で挑戦した。その年の終わりには、ハノイ市に自分の英語学校を設立した。米国の語学講師が直接トレーニングする方式で、通常は数年かかる英語学習の時間を数か月に短縮することを約束し、定期的に5~7クラスを開講している。
自身の脚の代わりに松葉杖を使う必要があるが、この31年間、ダンさんは普通の人と同じように暮らしてきた。その暮らしぶりは、フェイスブック(Facebook)で友人がこのようなメッセージを送ってくるほどだ。「実のところ、いつもあなたの近況を『楽しそうにしているな』と何となく眺めているだけでした。でも、今日あなたがテレビに出ているのを見て、初めてあなたが松葉杖を使っていることに気づきました」。
松葉杖を使って歩かなければならなくても、誰も彼が「松葉杖を使っている」とは意識しないでいてくれること、それがダンさんの願いだ。