『ベトナムサッカーと日本サッカー』
トルシエ:ベトナムと日本を比べた場合、当然レベルの差というものがあります。もし一発勝負ならベトナムにも勝機はあります。今年初めのアジアカップでベトナムが日本を苦しめたのが、その例です。勝敗を分けたのはVARで得たPKの1点だけでした。しかし、10試合通して対戦するならベトナムが勝てる確率は1割。逆に言えば1試合は勝てるということ。何が起こるか分からないのがサッカーです。日本サッカーの発展は93年に開幕したJリーグの存在によるところが大きい。ベトナムにも国際レベルの選手はいますが、その数はせいぜい2~3人。一方の日本にはヨーロッパでプレーする選手が数十人もいます。これが今の両国の差です。(C) Miwa ARAI |
ベトナムも最近は施設に投資しているとはいえ、練習環境もまだ日本には及びません。若手育成に関しては、コンペティションの部分でベトナムは大きな問題を抱えています。U-19では公式戦が年間10試合しかありません。日本とベトナムの10歳にレベルの差はないでしょう。しかし4年後は技術面で差がつき始め、8年後には大きな差に開いています。ベトナムに日本のような計画的な若手育成制度があれば、より多くの才能を育てることができ、日本との差を縮められると思います。
井尻:日本とベトナムは、どちらもアジアの国なので、もちろん体格面をはじめ、似ている部分はあります。女子について言えば、ベトナムの方がよりフィジカルを重視したサッカーをしている気がします。でも、ベトナムで盛んなフットサルを見てもわかるようにテクニカルな部分もベトナムの選手は秀でているので、この二つが上手く組み合わされば、5年後、10年後はどんな成長を遂げているか分かりません。
ただ先程、トルシエさんが話したように、ベトナムは日本のトレーニングセンターのような若手育成制度が整っていないので、将来の発展を考えると、育成はこれから大きな課題になってくるでしょう。男子のコンペティションの話も出ましたが、実は女子もU-19年代は公式戦が年間8試合しか組まれておらず、大きな問題だと感じています。
トルシエ:男子で言うと、ベトナム人選手のフィジカルはまだ弱いと思いますが、井尻さんはどこに問題があると考えていますか?日本もかつてはフィジカルが課題と言われていましたが、現在はかなり改善されていますよね。私が20年前にU-19日本代表を指導していた頃と比べて、現在のU-19代表は体格がまるで違うと感じました。韓国はさらにフィジカルが強靭で、先日、U-19ベトナム代表を率いてU-19韓国代表と親善大会で対戦した時の韓国メンバーには185cm以上の選手が多かったようです。
井尻:日本人の体格が良くなっているという点では、サッカー以外の部分で国民全体の生活水準が向上して誰もが栄養のあるものを摂取できるようになったことが第一にあります。食生活の部分によるところが大きいですね。サッカーの育成に話を戻すと、トルシエさんの母国フランスにはINF(クレールフォンテーヌ国立研究所)という育成機関がありますが、日本にも小中学生年代を育成するシステムが確立しています。それがベトナムにはまだ存在しません。日本ではサッカーをする子供たちの裾野が広がってピラミッド型を形成していますが、ベトナムサッカーは、とても細いピラミッドの上に成り立っている状況です。
トルシエ:ベトナムにおける育成システム上の問題点ですね。もう一つ感じることとしてマネジメント力の欠如があります。システムやビジョンを持っていても、マネジメント力なくしては成功に結び付きません。現在のベトナムA代表とU-23代表がなぜ成功しているのかというと、それは韓国人のパク・ハンソ監督のマネジメント力によるところが大きいです。もしベトナム人監督なら、ここまでの結果は残せなかったでしょう。ベトナムの選手たちには素質がありますが、これまではポテンシャルが眠ったままでした。パク監督の指導とマネジメントのおかげで選手たちの中に眠っていた力が呼び起こされているのです。
このマネジメントの問題は日本でも起こりうるもの。日本の社会は集団の決定をリスペクトしすぎたり、他者の面子を気にする文化があります。私がアンダー世代の日本代表を指導して成功できたのは、若い選手のマインドを変えることが出来たからだと思っています。私は外国人監督という立場ですから、選手たちにもっとエゴイストになれ!自分を出せ!と要求し続けました。これは外国人監督にとってのアドバンテージ。ヨーロッパを見ても強豪クラブで外国人監督が指揮しているところは多いです。それはローカル監督だと、ファンやメディアの批判に敏感になりすぎて自分の哲学を貫けないから。外国人監督の場合、そんなことは気にせず、言いたいことが言えるので、結果的にチームビルディングが上手くいくことが多いです。