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ある週末の朝、グエン・ゴ・ズオンさん(男性・41歳)は、ホーチミン市直轄トゥードゥック市タムビン街区にある広さ70m2の工房の前に、「誰でも靴修理無料」という文字が書かれた台を引っ張り出した。
午前10時、30歳くらいの男性がやってきた。病気で足が腫れ上がり、指も曲がってしまった父親の足に合わせて靴を修理してほしいということだった。それから2時間後には、5kmほど離れたところに住んでいる工場労働者の女性がやってきて、新年度に向けて子供たちのバッグ4個を縫い直してほしいとズオンさんに依頼した。ズオンさんは注意深くメモを取り、受け渡し日を決めた。
ズオンさんは、この仕事を始めて9年になる。ズオンさんがこの仕事をする理由は、「人生に恩返しするため」だ。
ズオンさんは、東南部地方ビンズオン省の貧しい家庭に生まれた。父親は早くに亡くなり、雇われ労働者として働く母親に負担がのしかかった。そこで9人のきょうだいはそれぞれ、あちこちで生計を立てた。
ズオンさんは12歳のときに家出をし、友人を追ってホーチミン市に行き着いた。日中は公園で寝て、夜になるとごみ捨て場に行って資源回収(ベーチャイ=ve chai)をし、ときどきは雇われて水を運搬した。
数か月ごとに季節限定の仕事が終わると、合板工場をたずねては木材を乾燥させる作業を手伝った。仕事がない日は友人のところに泊めてもらったが、いつも空腹に耐えていた。
ズオンさんが15歳のとき、実の姉はズオンさんのことを不憫に思ったが、自身も経済的に苦しく、知人にズオンさんの世話を頼むしかなかった。
ズオンさんが預けられたのは、ホーチミン市4区に暮らす5人家族で、靴を作る仕事をしていた。「彼らは身寄りのない私をかわいそうに思い、ただでごはんを食べさせてくれて、寝泊まりをさせてくれて、仕事も教えてくれました。それが、私の人生の節目でした」とズオンさんは振り返る。
1998年の夏、ズオンさんは荷物をまとめてそのホストファミリーのところに移り住んだ。初めての食事のとき、ズオンさんはなかなか箸をつけることができないでいた。なぜなら、ストリートチルドレンだったズオンさんは、食事の席でどう振る舞えばよいのかわからなかったからだ。