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仲間がパソコンを買いに行った時、アップル側の人がそのパソコンに追跡ソフトウェアをインストールしていたので、僕とその仲間の会話はすべて諜報員に把握されていました。
逮捕された日のことを今でも鮮明に覚えています。2013年2月7日、姉と僕がグアムの空港に降り立った瞬間、米国の諜報員が近づいてきました。僕は「終わった!スパイされていたんだ」と頭の中で叫びました。そして連れて行かれた刑務所は、ベッドもなく、薄っぺらい布があるだけで、凍えるほど寒いところでした。
―――異国の刑務所に入り、何をして乗り越えましたか?
刑務所に入って2か月は、当初の判決が懲役40年だったため空が足元に落ちてきたかのように感じていました。その後、捜査に協力して別の仲間の逮捕に至ったことから懲役13年に減刑されました。
首を吊ろうと考えたこともありますが、両親や親戚のことを思い、家族に再会するため頑張って生きることにしました。服役中は、何度も違う刑務所に移送されました。
米国の刑務所の生活はそれほど過酷ではありませんでした。メンタリティや聖書、ビジネス、ソフトスキルなどを勉強させてもらえましたし、勉強が終わったら調理場や食堂で働き、芝生を刈ることもありました。
それから、麻薬中毒者の心理カウンセリングを担当するメンターとして9か月間は軍の学校に送られました。そこでは自分のことを話したり、麻薬中毒者が聖書や道徳を勉強する手伝いをしたりしていました。
僕は心を開き、学び、刑務所の中でポジティブな人を探して友人を作りました。刑務所では独学で絵を書いたり、折り紙を折って友人に教えたり、カードを書いたり、きれいな字を書く練習をしたりもしていました。
こうして刑務所で過ごす日々を「留学」に変え、生きる価値や道徳、精神的な生活など本当にたくさんのことを学びました。この経験が、以前とは完全に別の人間に自分を変えてくれました。
コミュニティのために、無償で役に立ちたい
―――刑務所にいる間、最も価値あるものは何だと気付きましたか?
刑務所にいる時、最も気がかりだったのは両親のことでした。以前はお金を稼ぐと週に1000万~2000万VND(約5万~10万円)をオンライン新聞のチャリティー基金や、貧しい人たちに配給をしている病院に募金していました。診療費が払えない人には僕が代わりに支払い、時には数千万VND(1000万VND=約5万円)を支払うこともありました。