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2021年7月2日、サイゴンが「ホーチミン市(Thanh pho Ho Chi Minh)」と名付けられた日から45周年を迎えた。「『ホーチミン市』と名付けるアイデアを思い付いたのは誰ですか?」という読者からの質問を受け、地元紙「トゥオイチェー(Tuoi Tre)」がその歴史的起源を追った。
2021年3月13日、ホーチミン市ビンチャイン郡にあるタンキエンハイテク医療クラスター内の1本の通りが、今年で生誕110周年を迎えるチャン・フウ・ギエップ(Tran Huu Nghiep)にちなんで「チャンフウギエップ通り」と命名された。
「ザーディンの士人」とも呼ばれる医師のチャン・フウ・ギエップは、フランスで初めて医学部を卒業したベトナム人の1人であり、一方で1945年9月23日からの南部抗戦に祖国の側に立って参加し、フランスと戦った人物でもある。
しかし、チャン・フウ・ギエップこそが1946年8月に「サイゴン」から「ホーチミン市」への改称を最初に提案した人物であるということを知る人は少ない。
1946年2月、チャン・フウ・ギエップは南部メコンデルタ地方ベンチェ省共産党委員会と第8区域の上層部によって、グエン・ティ・ディン(Nguyen Thi Dinh)、カー・バン・ティン(Ca Van Thinh)、グエン・バン・クオック(Nguyen Van Khuoc)の3人とともに、南部から北部へ行き、中央政府に報告する役割を任された。
チャン・フウ・ギエップは任務完了後もハノイ市に残って仕事を続け、南部とは全く異なる新しい生活に没頭した。1946年8月26日に発行された新聞「クウクオック(Cuu Quoc=救国)」では、以下のように報じられている。