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かつてのサイゴンの人々に親しまれたフレーズ「ボンボンシークーラー・バインタイスアホットガー・ザウクーラーマックスー(Bon bon xi cu la, banh tay sua hot ga, dau cu la mac su)」。ボンボンはブルボンのお菓子、シークーラーはショコラ(チョコレート)、バインタイは西洋のケーキ、スアホットガーはミルクセーキを意味する。
そして、ザウクーラーは当時の人々に万能薬として使われていた軟膏で「MacPhsu」というブランド名が訛ってマックスーと呼ばれていた。どれも当時の人々に愛されていた品々だ。しかし、マックスーが実は長い物語と共に遥々ビルマ(現在のミャンマー)人によってベトナムへ持ち込まれたものだと知る人は少ないだろう。
マックスーは1979年に発売されてから長きにわたり流通していたが、ある時を境に市場から姿を消していた。それが2013年になると、マックスーのブランドの元、カオソアコンコン(Cao Xoa Con Cong)という商品名で復刻したのだ。そして、マックスーを蘇らせたのが、ホーチミン市タンビン区に住む、ビルマ王室の末裔の2人の女性、レ・キム・ガーさん(1945年生まれ)とレ・キム・フンさん(1947年生まれ)姉妹だ。今ではマックスーの調剤方法を知るのは姉妹だけだという。
ガーさんによれば、一族は1930年にカンボジアのプノンペンでマックスーの製造を開始した。ガーさん姉妹の祖父トン・オン・ザンさんが、妻でビルマのミョンミン(Myngoon Min)王子の娘だったマックスー(MacPhsu)さんの家に伝わる軟膏を基にシンガポールで調剤を学んだ。
シンガポールでは、ザンさんはシンガポール人とビルマ人のハーフだった男性と共に英国人医師に師事し、精油の抽出方法などを学んだ後、それぞれ帰国の途につき、オリジナルブランドを確立した。