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2年生に入り苦戦している科目が、法的文書の作成と英語だ。パソコンやワープロのキーボードに触れたこともなければ携帯電話も持たないリンさんにとって、文書作成は一苦労。英語は若い頃に習いはしたが、65年間使う機会もなかったので忘れてしまった。幼いころから英語を学習してきた同級生たちについて行くことは容易でない。
10月4日の英語の授業では、ノートにこう記されている。「初めての英語のテスト、学生(リンさん自身のこと)はテストの答案の代わりに詩を詠み提出した。先生は教室のみんなの前で詩を褒めた」。
このような日記もある。「9月20日、木曜日。先生が自身の100年の幸せ(結婚の意味)を祝して学生にお菓子やジュースを振舞った。生徒ニャット・リンは学生を代表して先生の幸せを祈念して3行の詩を詠んだ」。
リンさんは幼いころから学校へ通い、英語やフランス語を習った。1965年以降は西北部地方ソンラ省で工員として働き、その後は旧トゥーリエム郡のコーニュエ村に移り住み結婚、建設現場の職人として働いた。
困窮した暮らしに仕事に追われながらも家の中には常に沢山の本があり、学業への思いが尽きることもなかった。1968年、暮らしは困窮していたが、高等学校卒業試験を受けた。この時の合格証書はラミネート加工して50年経った今でも大切に保管している。
3人の子供たちが独立すると、リンさんは詩クラブに入会し、現在では会長を務めている。クラブのメンバーには修士号や博士号を持つ人も多く、勉学に対する意欲が駆り立てられた。
2014年に2か月間のジャーナリズムのコースに申込み、無事に修了証書を手にしたが、思いをはせる大学の卒業証書には敵わなかった。そこで、翌2015年にハノイ法律大学を受験したが、結果は不合格。司法学院の門を叩いたこともあったが、学士号と英語科目の合格証書が必要だとして門前払いされた。