(C) Xuan Vinh, Tuoi Tre |
先生ははじめ、スアンさんが孫のためにピアノ教室について尋ねてきたものとばかり思っていた。ところが「幼いころからの夢だったものの、ずっと叶わなかったピアノの弾き語りができるようになりたい」というスアンさんの言葉に驚きを隠せなかったという。当初は断ろうとしていた先生だったが、スアンさんの熱意に惹かれて無料で教えることにした。
それからというもの、スアンさんは時間ができると自転車で先生の自宅を訪れピアノを習っている。高齢から耳が聞こえづらく指も思うように動かないスアンさんは「先生、私は覚えるのが遅いけれど見捨てないでくださいね!」が口癖だ。そして毎年11月20日の「ベトナム教師の日」には感謝の気持ちを込めて先生に花を贈る。
家にピアノがなく練習ができなかったスアンさんは、1年ほど通ったところでピアノを買うお金が貯まるまでしばらく通うのを止めると告げた。そして数百万VND(100万VND=約4800円)が貯まると、予算に見合ったピアノを代わりに買ってくれるよう先生に電話した。
電話を受けた先生は、苦労して貯めたお金は生活のために残したまま何とか中古のピアノを手に入れられないか知人をあたったところ、話を聞いたある音楽家がスアンさんにオルガンを贈ると申し出た。オルガンをスアンさんの下宿まで運ぶと、スアンさんは涙を流して先生を抱きしめたという。
腰が曲がった白髪のスアンさんが自転車を漕いでピアノを習いに行く姿を見かけると励ます人が多いが、「あの歳になって、何を今さらピアノなんて」とけなす人もいる。しかし、そんなことを気にするスアンさんではない。誰が何を言おうと、音楽はスアンさんにとって不遇な身の上を忘れさせてくれる、老後の生き甲斐なのだ。