(C)Dan Tri, 中国に住むフエンさん(後方左)とその家族 |
だが、泣いてばかりは居られないと、ニャムさんは娘を取り戻すために行動を開始する。「交通費を工面するため、売れる物は全て売り払いました。毎月のように国境の町ラオカイから中国に入り、金がなくなるまで探し回り、戻っては金を工面してまた探しにいきました」
今度こそ会えるのではという期待は、幾度となく打ち砕かれた。中国の河口(ラオカイと国境を接する町)の宿はすべて回った。観光客を装いながら売春宿を訪ねては、「ビンフック省出身の娘はいないか」と尋ねる。店主に「もっとかわいい娘がいる」と他の娘を薦められると、ニャムさんは「ビンフックの子は気立てがいい」と言ってごまかした。だが、どの店にも娘の姿はなかった。金のないニャムさんは駅や森の中で野宿し、少しばかりのパンと水で何日もねばった。
そんな生活が4年にも及んだある日、ニャムさん宅に1本の電話が入る。娘のハンさんからだった。その日、ハンさんは中国人夫とバナナの収穫に出かけた時、偶然ベトナム人女性に出会い、夫の眼をごまかしてその女性に頼んで家族に連絡してもらったのだ。この電話のお陰で、ニャムさん家族はようやく娘の居場所を知ることができた。
ハンさんは、彼女を買い取った男の妻となり、2人の息子をもうけていた。娘の元を訪ねたニャムさんは、不本意な結婚ではあったものの可愛らしい孫ができ、嬉しさ半分、娘への哀れみ半分の複雑な気持ちだったという。そして、彼女の苦しい生活を目の当たりにして、娘と孫たちをベトナムに連れ戻す決心を固める。ハンさんの幸せのため、そして中国で娘を売春させている一家の汚名を晴らすためだった。また、フオンを告発することも考えていた。フオンのことはどうしても許せなかったのだ。
だが、もし中国人の夫にこのことを勘付かれたら、娘たちはどこかに連れ去られてしまうかもしれない。そこでニャムさんは男の信頼を得るため、驚くべき行動に出た。中国人夫の弟に末娘を嫁がせたい、と申し出たのだ。