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1988年にドイモイ政策が本格化していくのを機に、同氏は週末バス会社で働き始める。こうして、平日は公務員、週末はバス運転手という生活が始まった。1995年に15年続けた公務員を辞めると、地元の建設会社に入社した。ここで実績を挙げた同氏は、取引先であるナムディン交通公社(現タスコ株式会社)の社長に引き抜かれ、副社長に就任する。その後、社長にまで上り詰めるものの、1998年に会社は倒産の危機に直面する。2000年時点の会社の総資産は僅か6億ドン(約200万円)になっていた。
同氏は会社を株式会社化することで、70億ドン(約2800万円)の資本金を作り、そこから少しずつ業績を伸ばしていった。現在では、資本金3500億ドン(約14億円)、年間売上高7000億ドン(約28億円)の大企業に成長している。
毎日の労働時間は15~16時間、休みは日曜日の半日だけ。休みも惜しんで市場に目を向け続ける同氏が絶えず意識して行っているのは、信頼、品質、社内の団結を保ち続けることだという。経営人材育成にも高いプライオリティを置いており、年間20億ドン(約800万円)を投入している。
貧しい家に生まれ、大会社の社長となった今も、大事なのは夢を持つことと、夢中になることだと考える。「成功したかったら、まずは夢を持ち、計画を立てること。自分が何をしたいのか知って初めて、何を成すべきかが分かるのです。ハーバードに行って理論や知識を身につけても、それは机上の経験に過ぎません」