こんにちは!
早稲田大学公認ボランティアサークルの DOORS-日越交流プロジェクト- です。
DOORSは年に2回、春と夏にベトナムへ訪れて、主にホーチミン市内の小中学生への奨学金授与と現地大学生との交流企画運営による教育支援を行っている団体です。
今回は本サークル支援班の主な活動の一つである家庭訪問について、熊谷がお伝えすると共に、これを読んだ皆様にまずは 「ベトナムの貧困家庭の実態」 について知っていただけたらと思います!
奨学生宅への家庭訪問って?
訪問先にて集合写真
支援班の主軸活動である奨学金授与者の家庭訪問では、具体的に何をしているのでしょうか。
我々DOORSは主に夏にベトナムへ渡航した際に、奨学金の授与をしています。しかし 奨学生の選考方法は学校に委ねている ため適切な家庭に配られているのか実態が分かりません。そこで、奨学生の自宅を実際に訪問し、家庭環境や生活状況について話を伺います。そこから得られたデータを基に奨学金の授与先が適切であるかどうかを確認しています。その家庭の年収なども聞くため、訪問中の雰囲気は一概に良いとは言えません。しかし、DOORSのメンバーひとりひとりが 貧困と向き合う非常に良い機会 となっているのもまた事実です。
「この子にあげて良かった!」を感じる
奨学生の一人 Pham君
こちらは学業優秀・スポーツ万能・超イケメン・おまけにめちゃめちゃ親孝行なPham Nhu Than(ファム・ヌー・タン)君、15歳です。
もともとは5人家族だったのですが、彼が小さい頃父親が蒸発。お母さんが女手一つで子供3人を育てています。
そんなPham君の自宅がこちら。
小さな平屋建ての家
住宅はこれだけとなり、奥には何も続いていません。今回の家庭訪問は2回目でしたがあまりの状態に言葉を失いました。
キッチン 洗濯物干場
トイレ&シャワー リビング
家庭訪問を終えると毎回自分が置かれている環境のありがたさを痛感します。今回は特にその思いが強く、涙が出そうになる場面が何度かありました。
「ベトナムの貧困」と言われると、大半の人が「あ~聞いたことある」や「かわいそうだよね」といった程度の感想は持つことができるでしょう。僕もDOORSに入る前まではそうでした。しかし、DOORSのメンバーとしてベトナム現地で活動し、家庭訪問で実際に貧困層に属する家庭に足を運び、その目で現状を見ることによって今まで想像やテレビの一部分でしか見たことのないぼんやりとした貧困の実態は、体験をもって経験となり、不鮮明だった虚像は経験をもって実像となったのです。
ボランティアとはどうあるべきかを再考する
「ボランティア≒人を助ける」という行為をする時に、それは主に2つに分類できます。1つは相手のため。もう1つは自分のためです。
例えば重たい荷物を持っている人を見かけた時、その人がいかにも運ぶのに苦労していそうな老人もしくは怪我人であった場合、手伝いをすることは相手のためと言えるでしょう。しかしそれが超健康な ドウェイン・ジョンソン だった場合、相手のためとは言えません。何かに手を差し伸べるとき、そこには必ずニーズが無くてはならないのです。
誰かの叫び声を聞いてスーパーマンは駆けつける。その時がいかなる場合でも彼は出動します。そして、相手がマシンガンを持っていようが、暴走する機関車であろうが彼は立ち向かいます。見返りは一切求めません。これこそが真の正義であり、真のボランティアであることは火を見るよりも明らかでしょう。
自分のため、自己満足のためのボランティアなど一切需要はなく、 我がサークルの基本理念である「相互理解・相互成長」 は到底果たせません。そういった意味でも、家庭訪問は需要と供給がマッチしているかを確認する非常に良い機会となります。
そして何よりニーズに応えるということは、ボランティアだけに留まらず日常生活においてもとても重要なことでしょう。その点から、学生のうちにボランティアをすることは有意義であり、必ず自分を成長させてくれるものだと思っています。
まだまだ「相手」よりも「自分」のために行う自己満足的なボランティアは数多く存在 し、それはDOORSにも言えることです。しかしそれはまた「ボランティア」に秘められた可能性を表す指標でもあるのです。改善の余地があるということは進歩の余地もある。それがまた、ボランティアの面白さの一つでもあるでしょう。
これを読み、少しでもボランティアに興味を持っていただけたら嬉しいです。まずは身近にある小さなボランティアをみなさんも探してはいかがでしょうか。