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「ここで髪を切るのは簡単じゃありませんよ。事前に予約しないといけませんから。これまで色々なところでカットしてもらいましたが、好みの通りにカットしてくれるのはトゥンさんだけです。ホーチミン市の人々にとって、路上床屋に行くのは趣味のようなもので、高級車に乗って大きな家に住んでいる人だって、路上で髪を切りますよ。トゥンさんのような職人は社会の知識をよく心得ているし、1日中路上で商売をしているので、何かホットなニュースがあればすぐに入ってきますしね」。タイさんはそう言って、ポケットから5万VND(約300円)を取り出し、トゥンさんに料金を支払った。
トゥンさんは、常連客に愛されて幸運だと話す。大変な時期もあり、路上床屋を辞めてバイクタクシーの運転手か荷物運びの仕事を始めようかと思ったこともあるというが、改めて考えてみると、この仕事を辞めたら生きていけないだろう、と言う。
「私の人生は、喜びも悲しみもすべて、このバリカンとこの路上床屋の店につながっています。妻や子供たちに、借金をして、日差しや雨を避けられる小さな店を構えたらどうかと言われたこともありますが、それは嫌だったんです。通りに立って髪を切るのはやはり楽しいですし、自然の光と風を感じられるところも好きなんです。ベトナム語が話せる外国人のお客さんの髪を切ったこともあるんですが、ホーチミン市で忘れられない体験ができたと言ってくれました」とトゥンさんは語る。
トゥンさんは、お金を貯めて、男性に人気のヘアスタイルを学ぶコースを受講したこともある。路上の小さな床屋ではあるが、職人自身も自分のスキルを向上させようと努力を続け、そのおかげか、店はいつも常連客で賑わっている。
ホアさんやトゥンさんにとって気がかりなのは、自分たちが年を取って身体も弱り、この仕事を続けられなくなったとき、この賑やかなホーチミン市で路上床屋の文化を誰かが引き継いでくれるのか、それとも街角で念入りに髪型を整える職人の姿や壁にかかった鏡のイメージは、人々の単なる思い出になってしまうだけなのか、ということだ。