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[特集]

ホーチミンの街並みに残る路上床屋の文化

2024/04/28 10:22 JST更新

(C) thanhnien
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 ホーチミン市には、人生の半分以上の時間を他人の顔や頭髪を美しく整えることに費やしてきた人々がいる。路上床屋には、看板もなければ最新の備品もなく、使い古された革張りの肘掛け椅子と、古びた鏡、そして仕事道具があるだけだ。

 長きにわたり、路上床屋はホーチミン市の独特な文化の創造に貢献してきた。

 黄金期は過ぎたものの、ホーチミン市には今もなお、路上床屋の仕事を続けている人々がいる。彼らにとって、この仕事は生計を立てる手段というだけでなく、手放すことのできない誇りと情熱でもあるのだ。

 ホーチミン市の路上床屋は、3区のゴトイニエム(Ngo Thoi Nhiem)通りや1区のトンドゥックタン(Ton Duc Thang)通り、同じく1区のグエンビンキエム(Nguyen Binh Khiem)通りなどに点在している。

 チン・バン・ホアさん(男性・67歳)は毎日、ホーチミン市直轄トゥードゥック市から20km余りの道のりを自転車で走り、3区ゴトイニエム通りの角の定位置に出勤する。

 ホアさんは、この仕事をして30年余りになる。これまでに何千人もの客の髪を切り、ホーチミン市の様々な移り変わりを目撃してきた。

 ホアさんは、かつては1区ベンタイン市場の門のそばで路上床屋を開いていたが、1区チュオンディン(Truong Dinh)通りやトゥードゥック市に移った後、ここ数年はゴトイニエム通りに店を出している。

 人々の生活が現代化する中、今やホアさんの客は1日に2~3人しかいない。日によっては0人ということもある。60代後半になったホアさんは、手足も弱り、作業も遅くなってきたため、客も来店を躊躇してしまうようだ。

 それでも、この仕事のおかげでホアさんは3人の子供を立派に育て上げた。子供が成人してからというもの、路上床屋の仕事は老後の楽しみになっている。

 「同業者は皆それぞれカットの仕方が違います。私もお客さんの顔の輪郭や体型に合わせてヘアスタイルを提案し、カットしています。最近のヘアスタイルには慣れていないので、昔ながらのヘアスタイルになってしまいますが、幸いにもお客さんが文句を言うこともなく、私を応援しに立ち寄ってくださるんです」とホアさんは笑う。

 ホアさんいわく、この仕事では技術がプロフェッショナルであるというだけでなく、客と長い関係を続けていけるよう、客を満足させる方法を知っておかなければならないという。

 「昔からずっと、毎日新聞を読んで、ホーチミン市の情報をチェックして、お客さんとの話のネタにしています。美容系の仕事なので、服装もきちんとしていないといけません。みすぼらしい格好じゃ説得力がありませんから。ハサミやバリカン、ケープなんかも定期的にきれいにしていますし、カミソリの刃も毎回交換しています。路上の仕事ではありますが、細心の注意を払い、お客さんに最高のサービスを提供しなければいけません」とホアさんは語る。

 かつて、まだ美容院が珍しかったころ、路上床屋には1日に何十人もの客が訪れていた。路上床屋を営む職人も、今の何十倍もいた。しかし、この仕事を続けることが難しくなった今、多くの人が路上床屋の仕事を辞めて、もっと収入の高い、別の仕事に転職していった。

 ホーチミン市で路上床屋を開いているグエン・バン・トゥンさん(男性・54歳)は、南部メコンデルタ地方ビンロン省出身だ。トゥンさんはホーチミン市の路上床屋の中でも最も人気のある1人で、店の立地や技術、サービスの評価の高さから、「5つ星の路上床屋」と呼ばれている。

 トゥンさんは1980年代後半に、簡素な仕事道具一式と田舎の先生から教わったちょっとしたコツだけを持って、ビンロン省からホーチミン市に移り住んだ。トゥンさんは平均して1日に10~12人の客を扱うが、ほとんどが親しい知人や、知人の紹介だ。

 トゥンさんの耳かきの気持ちよさにうつらうつらしている客のフウ・タイさん(男性・42歳)は、もう10年以上ここで月に1回、髪を切っている。

 「ここで髪を切るのは簡単じゃありませんよ。事前に予約しないといけませんから。これまで色々なところでカットしてもらいましたが、好みの通りにカットしてくれるのはトゥンさんだけです。ホーチミン市の人々にとって、路上床屋に行くのは趣味のようなもので、高級車に乗って大きな家に住んでいる人だって、路上で髪を切りますよ。トゥンさんのような職人は社会の知識をよく心得ているし、1日中路上で商売をしているので、何かホットなニュースがあればすぐに入ってきますしね」。タイさんはそう言って、ポケットから5万VND(約300円)を取り出し、トゥンさんに料金を支払った。

 トゥンさんは、常連客に愛されて幸運だと話す。大変な時期もあり、路上床屋を辞めてバイクタクシーの運転手か荷物運びの仕事を始めようかと思ったこともあるというが、改めて考えてみると、この仕事を辞めたら生きていけないだろう、と言う。

 「私の人生は、喜びも悲しみもすべて、このバリカンとこの路上床屋の店につながっています。妻や子供たちに、借金をして、日差しや雨を避けられる小さな店を構えたらどうかと言われたこともありますが、それは嫌だったんです。通りに立って髪を切るのはやはり楽しいですし、自然の光と風を感じられるところも好きなんです。ベトナム語が話せる外国人のお客さんの髪を切ったこともあるんですが、ホーチミン市で忘れられない体験ができたと言ってくれました」とトゥンさんは語る。

 トゥンさんは、お金を貯めて、男性に人気のヘアスタイルを学ぶコースを受講したこともある。路上の小さな床屋ではあるが、職人自身も自分のスキルを向上させようと努力を続け、そのおかげか、店はいつも常連客で賑わっている。

 ホアさんやトゥンさんにとって気がかりなのは、自分たちが年を取って身体も弱り、この仕事を続けられなくなったとき、この賑やかなホーチミン市で路上床屋の文化を誰かが引き継いでくれるのか、それとも街角で念入りに髪型を整える職人の姿や壁にかかった鏡のイメージは、人々の単なる思い出になってしまうだけなのか、ということだ。 

[Thanh Nien 04:38 26/04/2024, A]
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