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1945年6月、後にベトナム民主共和国の初代国家主席となるホー・チ・ミン氏は、同志のダム・クアン・チュン氏とレ・ザン氏に、ベトナム独立同盟会(ベトミン)と連合軍の協力を強化し、ベトナムの革命運動に便宜を図るべく、野戦空港の建設地を選定するよう指示した。
ルンコー空港の跡地は現在の東北部地方トゥエンクアン省ソンズオン郡ミンタイン村(xa Minh Thanh, huyen Son Duong)に位置し、人民公安歴史遺跡区の一部となっている。ルンコー空港はベトナムの軍民が建設した最初の空港であり、ベトナム革命の時代における最初の国際空港でもある。そしてこの空港が、ベトナムの航空産業の形成と発展への道を開いた。
ルンコー空港では、中国の昆明からトゥエンクアン省ソンズオン郡のタンチャオ基地への医薬品や武器の輸送、連合軍の送迎などの任務のため、多くの航空機が往来した。タンチャオ基地は、八月革命の際に総蜂起を決定した全国会議が開催地されるなど、重要な役割を担った地だ。
同空港は1945年6月から8月までの2か月間に使用された。この8月に八月革命が起こり、日本政府が降伏文書に調印した9月2日にベトナム民主共和国が成立、ホー・チ・ミン氏が初代国家主席となった。