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双方の家族に少しだけ助けてもらい、二人は新婚生活を始めた。新郎の両親は50キロの籾を、新婦の両親はつがいの豚と100キロの籾をそれぞれ贈ってくれた。それを精米して生計を立てているうちに、いつしか二人は米穀商になっていた。生活は苦しかったが、優しい夫に支えられ、タインさんの顔には笑顔が戻っていった。食事は砕けた米と野菜のおひたしだけ、それでも二人は幸せだった。そのうち子どもが生まれ、生活のために酒造も始めた。
2000年、まだ幼い子どもを親戚に預け、二人はタイへ出稼ぎに行くことを決意する。妻が夫の目となって、夫婦はありとあらゆる仕事をした。焼けるように暑い日のヤシの実取りや魚の養殖の仕事をしたこともあった。そうやって僅かなお金を稼いでは国の子どもに仕送りする日々。故郷や子どものことを思って二人で泣くこともしばしばだったという。「故郷が恋しくて荷物をまとめかけたことも何度もありましたが、夫の励ましがあったので頑張ることができました」タインさんは当時を振り返って、そう語った。
タイから戻ると、牛や豚の飼育や酒造が軌道に乗り、かなりの貯蓄になった。ベトさんはこの資金を元手に、タイで学んできたウミガメとワニの養殖を始めるという、ずっとあたためてきた計画を話してくれた。「二人の子どもたちはちゃんと目が見えて、息子は機械工として働き、娘は今学生です。来年には牛を売って息子のために土地を買ってやるつもりです」そうやって語るベトさんの両目は、確かに輝いているように見えた。