ベルギー戦はポーランド戦の後のサムライのハラキリ
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―――ベルギー戦の逆転負けの要因がメンタル?
日本はベルギーを2-0と圧倒していたのに、リードしてからも自分たちのやり方を一貫して通した。あの試合内容で、最後の20分間に3点入れられて負けるというのは尋常ではないですよ。どんな手を使ってでも勝つために、状況に合わせしたたか、冷静になるのもまたメンタルなのです。それが日本には欠けていました。アンチフェアプレーでも勝つ、という考え方が日本の辞書にはない。
―――しかし、その前のポーランド戦で、時間稼ぎはアンチフェアプレーだ、と批判を受けながら勝ち点を守りましたが(*4)。
まさに、あのポーランド戦のせいです!ポーランド戦のラストは、勝ち残るためのリスク回避をしただけです。なぜ、あそこでリスクを冒して攻める必要がある?欧州のチームだったら、きっと皆日本と同じようにする。ポーランドだってボールを取りにこなかった、なぜ日本だけが非難されるのか。批判は大間違いです。私はずっと、あの戦い方をポジティブに評価してきた。あれもサッカーです。しかし、当の本人たち、選手も監督も、実のところでは納得がいっていなかったのでしょう。その反動があのサムライ魂・・・あれはサムライのハラキリでした。
ハラキリの結果、何が残りましたか?いかに日本がベルギーより良いサッカーをしていたかも、一次リーグでの見事な試合のことも皆忘れてしまいました。残ったのはベルギーに負けた可哀そうな印象だけ。私は本当に腹立たしいのです。日本はベスト8に行くにふさわしい素晴らしいW杯をしていたのに。サムライ魂は心のあり方で、サッカーは頭でやるものです。サッカーに“名誉の死”はない。ああいう状況を冷静にマネージするメンタルを、日本は学ぶべきです。
(C) P.Troussier
「日本での4年間は自分の中でも最も美しいキャリアだった」と語るトルシエ氏は、今でも日本代表の試合をほぼ全てチェックしていて、定期的に試合分析を日本のメディアに寄せている。ベルギーとの試合については、自分のことのようにとても悔しそうに声を大きくして語った。 ひとりの人間として、集団の中でも感情や主張を示すことと、頭で考えて冷静なしたたかさを失わないことは両立する、というトルシエ氏の話は、まさに欧州と日本の文化、道徳の違いの指摘に感じられた。フランス人は、大激論をして怒っているように見えても、本当は冷静で、感情に流されてはいないことが多い。理想と現実をかなり割り切っている。
*4:2018年W杯1次リーグ突破のための最終試合でベルギー戦の直前の試合。ポーランドに1-0でリードされながら同時進行の他の試合の結果により、そのままの点差なら勝ち残れることがわかり、終了前10分を時間稼ぎのボール回しに徹した。会場ではブーイングが起こり、試合を放棄したと、多くの批判があった。
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フィリップ・トルシエ氏略歴
フィリップ・トルシエ(Philippe Troussier)
1955年3月21日、パリ生まれ。
プロのサッカー選手としてフランス国内リーグ所属後、28歳で監督業に転向。1989年にアフリカのコートジボワールに渡り、一部リーグのアビジャンASEC監督就任。1993年コートジボワール代表監督。その後モロッコのリーグチーム、ナイジェリア、ブルキナファソ、南アフリカ代表監督を経て1998年に日本代表監督に就任し訪日。U20代表、U23オリンピック代表監督を兼任。1999年U20W杯準優勝、2000年シドニー五輪ベスト8、アジアカップ優勝、2001年コンフェデ杯準優勝。2002年のW杯で日本代表を史上初のベスト16に導き退任。
その後、カタール代表監督、フランス1部リーグのオリンピック・マルセイユ監督、モロッコ代表監督などを歴任し、訪越前は中国サッカー・スーパーリーグの重慶当代力帆足球倶楽部のスポーツディレクター。2018年8月よりPVF(ベトナムサッカー才能育成基金/Promotion fund of Vietnamese football talents)の技術統括ディレクター。ハノイ市在住。
Twitter:https://twitter.com/sol_beni_3_4_3
次回(後編)は、勝負の世界に生きること、サッカー監督という仕事、数年前から手掛けるワイン造りの話などについてです。
【Text & Photo by Miwa ARAI(ライター)】