1975年4月30日のサイゴン陥落により、新政府が樹立。急激に押し寄せる社会主義の波がサイゴンの人々の生活を一変させた。工場は合作社と名前を変え、同氏も一工員という立場となった。靴作りだけでは、家計を支えるのも難しくなり、農作業などをして、子供たちの学費を稼いだという。
(C) Cafebiz, Vina Giayのブー・バン・チャム代表取締役 |
同氏は困難な状況にあっても、愚直に働き続けた。「逆境を迎えたときこそ、真価が問われる」そう信じて、決して腐ることはなかった。そして、チャンスは再び訪れた。1990年代のドイモイ初期、同氏は4度目の起業を決意する。当時、既に60歳を迎えていた。その後の成功はここで語るまでもない。ホーチミン市民でVina Giayを知らない者などいないのだから。
同氏は自身の経営理念を尋ねられたとき決まって、「道徳」と「知恵」を重んずると答える。「道徳」は顧客の信頼を得るため不可欠なもの、困難な状況下でも、人が助け合いの精神を忘れないのは「道徳」あるゆえ。「知恵」もまた、かけがえのないものだ。才能だけでは成功は掴めない。「知恵」は修練の賜物。情熱を持って求め続けなければならない。
同氏の経営理念は、既に次の世代に受け継がれている。現在、末の息子は渡米し、デザインやビジネスを学んでいる。これまで同氏に師事した靴職人たちも、今ではそれぞれ自分の会社を持ち、後進を育てている。
「ビジネスでの成功とは、単なる金儲けではなく、生活を変える価値を生み出すことである」というのが同氏の持論だ。一介の靴職人から大企業の経営者に。弛まぬ努力を積み重ねて作り上げたブランドだ。ここには経営者が見習うべき成功の鍵が隠されていそうだ。