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その後、1930年2月3日にベトナム共産党が誕生した。党の最初の綱領では、ベトナムの労働者階級の役割と歴史的使命を、「工農連盟(労働者と農民による連盟)の枠組みの中核となる革命指導者階級」として定義した。
同年5月1日には党の指導のもと、メーデーの日に初めて労働者と農民が集ってデモを行い、自らの権利のために戦い、世界の労働者との連帯を表した。この日の労働運動は、1930~1931年に各地で起きた労働者による運動の口火ともなった。
1946年2月18日、故ホー・チ・ミン主席はベトナムの祝祭日に関する勅令第22c号に署名し、5月1日が正式にベトナムの祝日となった。さらに同年4月29日には、勅令第56号に署名し、労働者はメーデーに給与を受け取る権利を有すると規定した。
そして1946年5月1日、ベトナムの祝日となって初めてのメーデーを迎え、2万人の労働者が参加する大規模な集会がハノイ市で行われた。以来、毎年5月1日はベトナムの祝日となり、各種活動が行われている。
1946年6月20日にはハノイ市で救国幹部会議が招集され、以前の救国労働者協会を労働組合に改編し、「ベトナム労働組合総連盟」の設立を決定した。同年7月20日にベトナム労働組合総連盟が設立され、ハノイ市の市民劇場(オペラハウス)で式典が行われた。