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しかしそれは簡単なことではなかった。何時間も歌い続け、問い合わせに回答しても商品が1つも売れない日も多かった。そればかりか、「そんな顔をオンラインでさらして歌っているのか」と悪意のあるコメントを書き込んでくる人たちもいた。
「私は以前の満ち足りた生活から火事のせいで一瞬にして全てを失い、死にかけ、再び生きることを決めたので、人生が無常だということもわかっています。だから、悪意のあるコメントで悲しくなることはありません」とガンさんは打ち明けた。
ガンさんのライブ配信を見て、同情して寄付を申し出てくれる人たちもいたが、ガンさんは「商品を買ってもらえたら、働く意欲に繋がります。お金をもらうだけでは、使えばおしまいですから」と言って受け取らなかった。
約半年間で縫製の仕事とオンライン販売の売り上げが安定し、ガンさんの生活も落ち着いたため、店舗を持つことにした。ホーチミン市クチ郡タントンホイ村の国道22号線沿いに位置し、マッサージオイル、エッセンシャルオイル、ミシンなどが置いてあるだけの、広さ10m2程度の小さな店だ。さらにガンさんは息子たちに頼んで、廃品回収や宝くじ売りの人々が通りすがりに無料で飲めるよう、店の前に飲み水を用意している。
「ここは今後の足がかりとなるお店です。身体障害者や視覚障害者の友人を誘って、ここでマッサージも始めたいと考えているんです。歌が上手な人にはオンラインで歌って商品を販売してもらいます」とガンさんは教えてくれた。
東南部地方ドンナイ省出身のキム・アインさん(女性・29歳)は、病院でガンさんと1か月近く同室だった、同じく重度の火傷を負った人物だ。「ガンさんはとても強い人だったのを覚えています。彼女は身体中に火傷を負っていたので足の指の静脈から点滴を入れるしかなかったのですが、彼女が泣いたのはその1度きりでした。数か月前、たまたまフェイスブックで彼女が歌っている姿を見て、彼女が生きていること、そして2人の息子たちと新しい幸せな生活を送っていることを知り、嬉しくて泣いてしまいました。彼女を見ると、自分はまだまだだと感じます。私は家族と一緒に暮らしていますが、この2年間、まだ外にも出ていないんです」とアインさん。
仕事が忙しい中でも、ガンさんは2人の息子を連れて障害を持つ子供たちが暮らす孤児院を訪れている。また、自分と同じように火傷を負った人々と繋がり、無料で手術を受けられるプログラムを探すために病院に連れて行くなど、皆に前向きなエネルギーを与えている。
ある時、下の息子から、いつか家族3人で故郷に帰りたいと思っていることを聞いた。ガンさんは、古い自宅の焼け焦げた壁を見て逃げたり息が苦しくなったりするのではなく、いつか故郷に戻って、以前のようにインターネットカフェや洋服屋をまた始めるために、今頑張って仕事をしようと考えられるようになった。
「今は以前よりも身体の状態が良くなく、仕事のスピードも遅くなっていますが、大事なのはまだ仕事ができるということ。仕事さえできれば、いつか必ず失ったものを取り戻せるはずですから」とガンさんは語った。