(C) Miwa ARAI |
森に帰ったゾウ~ベトナム最後のゾウたち ダクラク省に国内初のゾウ保護観光施設オープン~
(※本記事はVIETJOベトナムニュースのオリジナル記事です。)
イフン(Y Khun)は思い出しただろうか、この森の匂いを。あの日突然足に掛かった罠、必死で助けようとする母親の悲鳴、あきらめ立ち去っていく家族の後ろ姿。
今、目の前を歩いているのは、もう60年近くも前にこの森で捕らえられた年老いたゾウ、イフンだ。彼女の足には鎖はない。もう手鉤(テカギ:象使いが持つ鋭い金属フックのついた棒)が振り下ろされる音におびえることもない。長い長い時間がたってしまったけれど、彼女は家に帰ってきた。
ベトナムと野生動物
ベトナムの自然は豊かだ。南北に長い国土は温帯と熱帯の気候に恵まれ、海と山と、そして乾季でも川の流れる広い森林がある。その森には虎、サイ、熊、ゾウ、鹿や様々な猿類、鳥や昆虫、植物が生息し、世界でもトップレベルの生物多様性を誇っていた。しかし、度重なる戦争や森林破壊、復興による農地宅地開拓で、動物たちは生きる場を追われた(*1)。
漢方薬や毛皮、肉用の乱獲、密猟の標的にもなり、2010年、ベトナム最後の野生のサイは撃たれ絶滅、虎は数年前にわずか5頭と推定されている。希少なサルや多くの鳥、昆虫までもが次々と姿を消していっている。ニューヨークタイムズ紙は、今日のベトナムの国立公園を、動物も鳥もいない“空っぽの森”と描写し憂いた。
*1:ベトナム戦争時の森林の爆撃や枯葉剤散布、武器資材の運搬時の戦死(ゾウ)、肉を食用とされたことも生態破壊の要因となった。
野生象と使役象
南中部高原地方ダクラク省ブオンドン(Buon Don)観光区の象乗り観光。
1980年代、国内に2000頭いた野生象は、今日100頭以下と推定されている。30~40年で5%に激減した(*2)。ベトナムの人々とゾウのかかわりは深く、ゾウは昔から労働力として森林の木材けん引、荷物運搬等に重用されてきた。
その後、運搬車両や機械の導入でその需要が下がると、彼らは観光、つまり動物園やサーカス、観光用の象乗り施設などで使われるようになった。中でも観光客をゾウの背に乗せて歩く“象乗り(エレファント・ライド)”は、ベトナムや東南アジアの定番観光施設となっている。ベトナムにはこうした使役象が88頭いる。
*2:アジア象は絶滅危惧種(国際自然保護連合(IUCN)の評価)。