他人に見下されないよう、そして家族の重荷にならないよう、フィーさんは努力を続け、流血したり、入院したりを繰り返しながら、自分で歩いたり走ったりする練習を重ねた。何年にもわたる努力の末、今ではサッカーボールを蹴ったり、縄跳びをしたり、何でも好きなことができるようになった。
(C) tuoitre |
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「とにもかくにも人生は続き、その先には追い求めるべきことがまだまだたくさんあります。私は脚に障がいがあるだけで、生まれつき脳や心臓が悪いわけではありません。だから、決して失望することなく、逆境を乗り越えようと思ったんです」とフィーさんは語る。
こうしてフィーさんは徐々に生活に馴染んでいき、高校を卒業したものの、家計が苦しかったため大学進学の夢を諦め、南中部沿岸地方ダナン市の専門学校に入学した。その後、フィーさんはダナン市にあるスタジオに就職した。
2016年に結婚したフィーさんは、故郷に戻ることに決めた。フィーさんによると、ダナン市で暮らしている間にインターネットでユーチューバーの仕事について調べ、ユーチューバーのトレーニングコースに参加したり、ユーチューブの規定について学んだりしていたのだという。
2018年7月、フィーさんはユーチューブチャンネル「Phi Mot Chan」を立ち上げた。当初の動画は自身の日々の活動や食についてのものだった。
「初めてユーチューブに動画を投稿した時は、動画を投稿すべきか否か、もう少し時間をかけてからにすべきか、とても迷いました。ユーチューバーになってからは、以前のような人見知りやコンプレックスはなくなりました」とフィーさんは振り返る。
1年近く、たった1人でカメラ1つで動画を撮影しながら、動画をより生き生きと魅力的にするため、自分でカメラの位置や角度を変えたりもした。しかし、こうした努力もむなしく、フィーさんの動画はなかなか視聴回数が伸びず、ほぼ1年間は1VNDも稼げなかった。近所の人々からも色々と言われ、大きなプレッシャーを感じていた。
「がっかりしてもう辞めようかと思うこともしょっちゅうでした。でも、何としても自分が敗者になるわけにはいかない。家族も妻子もいる。だからチャンネルの方向性を変えて、ゼロからやり直すことに決めました」とフィーさん。
食の動画でうまくいかなかったフィーさんは、動画のテーマを病気の人や困難な状況にある人、不運な人を助け、生きる力や勇気を与える内容に変更した。以来4年間にわたり、1人であちこちに出向いては人々の困難な状況を撮影し、視聴者にシェアしている。