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7月はじめの日曜日の朝、ホーチミン市に住むポルトガル系米国人男性ジョシュア・ライアンさん(29歳)は、お供えの花と果物を買いに、早朝から市場(いちば)に出かけた。
買ってきた花を、枝葉を整え花瓶に挿し、マンゴーを3つ皿に並べ、線香を焚く。「私は正真正銘のベトナム人」。彼は自分のことを、こう言う。
ベトナムで暮らして10年近く、旧暦の毎月1日と15日のお祈り、お盆のお寺参りや年末の「かまど(台所)の神様の日(吐君節)」など、ベトナムの年中行事も慣れたものだ。
そんなライアンさんが、ベトナム人の習慣に触れたのは、彼がまだ10歳の頃、故郷オレゴン州ポートランドで生活していた時のことだ。両親がとても忙しかったこともあり、彼はよく、近所に住む北中部地方トゥアティエン・フエ省出身のベトナム人女性の家に行っていた。育ての母となったその女性からは、これは祖先や天と地に感謝し、平安を祈る習慣だと教わり、その女性が目を閉じ、手を合わせてお祈りする姿を、驚きの眼差しで見つめた。
東アジアの文化に興味を抱くようになり、小さいころから800mほど離れたベトナム寺院をよく訪れ、勤行し、お経を唱え、尼僧からベトナム語を学んだ。育ての母はライアンさんに箸の使い方やベトナム料理の作り方を教え、カイルオン(ベトナム南部の古典芸能)を聴かせた。こうした育ての母の存在もあって彼は、北部訛り、中部訛り、南部訛りを使い分けられるほどベトナム語を上達させた。
「こうしてベトナムは、小さいころから私に染み込んでいったんです」とライアンさん。
2012年の夏、ライアンさんは、貯めたお金で3か月のベトナム旅行をし、そしてホーチミン市で暮らしていくことを決めた。自分に名付けたベトナム名は「チャン・ルアン・ブー」。育ての母の姓と、憧れのカイルオンの歌手ブー・ルアンからとった。
そんな彼の、ベトナムで暮らし始めての最初の衝撃は、「カラオケ症候群」。近所の人々は、暇があれば歌いだす。されど「郷に入っては郷に従え」、誘われて歌ってみるうちにだんだんと楽しくなり、カラオケが、人と人とをより親密にさせているものであることに気づいた。いまでは、何か宴会があると必ず、カイルオンを含め様々なジャンルから8曲は歌う。「米国の実家に帰ることもあるのですが、カラオケとみんなの笑い声がないと何だか物足りなくて…。そんなこんなで、ベトナムこそが我が家だな、と感じるようになりました」とライアンさんは話した。