数十年を同性愛者として生きてきた彼は、今一人孤独に老いと向き合っている。かつては財力もありハノイの中心部に住んでいたが、今ではニュエ川のほとりにある借家に暮らしている。僅か10平米ほどの湿った簡素な家で、中には金目の物は何もなく、ぼろぼろの羽目板のベッドがあるのみ。アルミ製の流しにはいくつかの鉢や箸が置かれている。壁に掛けられたたくさんの洋服がかつての栄華を寂しげに物語っている。
(C) vietnamnet 恋人とのツーショット、右側がフン氏 |
(C) vietnamnet 現在のフン氏 |
取材した時はきちんとしたベストでめかしこんでいたが、おぼつかない足取りや瞳に宿る孤独が「落ちぶれた紳士」の風体を醸し出している。彼曰く以前住んでいた家について親戚ともめているため、この寂しい場所に家を借りて住んでいるのだという。
コップの水を眺めながら、彼は遠い過去を見ているような目をしていた。「同性愛者になってからというもの、たくさんの人を愛してきた。しかし、殆どの者が出会って数年もすると、それぞれ自分の家庭を築くため、私のもとを去っていきました。別れた後はお互いにその後の生活に影響が出ないよう連絡をとることも殆どありません」
「婚姻届を出して法的に関係を認められたいと思うこともありました。世間では同性愛者に対する偏見が根強く残っているので、打ち明けるのは勇気が必要なことです。同性愛者の結婚が認められていないこの国で、私は共に歩む伴侶も持たず、一人で老いて行くしかないのです」