カルバン・クラインなど多くの有名デザイナーを輩出している米国のファッション専門大学「ファッション工科大学(FIT)」に初めてベトナム人学生が入学した。彼の名はブー・カック・チュン。
身長162センチメートルの彼はすべてが子どもサイズ。ジーンズとTシャツを着ようものなら中学生に間違えられてしまいかねないが、その「控えめ」な外見とは裏腹に彼の行動力には誰もが一目を置いている。彼はホーチミン市のグエンティミンカイ高校英語学科の優秀な生徒だったが、心の奥底にあった夢は、12歳の時にテレビで見て以来あこがれ続けたファッションデザイナーになることだった。彼は大学に行くならFITだと決めていた。友人や家族の反対にあったが、彼の気は変わらなかった。
カック・チュンは周囲の人たちを説得するため、卒業を間近に控えながら思い切って「ベトナム・コレクション・グランプリ2007」に応募した。グランプリでは参加者中最年少ながらトップ25位内に入選し、色彩賞を受賞した。高校も無事卒業し、家族や友人たちに彼が選ぼうとしている道が正しいことを証明してみせた。
そうして彼はFITの試験を受けるため、意気揚々とアメリカに旅立った。しかし英語のハンディと彼の限られたファッションの知識では合格はおぼつかず、面接試験の数日後に不合格の通知を受け取った。彼にとっては人生で初めての敗北の経験だった。「知る人は誰もおらず孤独だった」。ニューヨークでぼんやり暮らしていたときのことを思い出して彼はそう言った。お金もつきかけていたが、試験に失敗したことを知られるのが怖くて国へ電話もできずにいた。そうやって数週間過ごした後、彼は立ち上がる。
まずは自分の欠点を洗い出し、英語の能力とファッションの知識が不十分なことを再認識、ニューヨーク大学の語学コースに申し込み、昼夜問わずファッションに関する書籍を読みあさった。持っていたお金はつきかけていたが、勉強に影響するためアルバイトはせず倹約して過ごした。グランプリ参加の時は「何も失うことはない」と思っていたが、今度は失敗すればすべてを失うのだ。勉強に没頭した末、あらためてFITへ入学願書を出し、「受からなければ帰国だ」と腹を決めた。
「実はこの大学にベトナム系の学生がいるかどうかもよく知らなかった。合格した時僕が初めてのベトナム系学生だと知ったんだ。でもなによりも、これまでの努力が実ったことがとてもうれしかった」。彼は誇らしげにそう語った。今の現実的な夢はお金を貯めて毎年帰国すること、そして将来の夢は自分のファッションブランドを立ち上げることだ。