メコンデルタ地方キエンザン省フーコック島のズオントー村スオイマイ集落には、珍しい犬の曲芸やドッグレースが行われる犬の飼育施設(タインガー・フーコック犬保存有限会社)がある。飼育されているフーコック犬は背中に一筋のカールした逆毛があり、厚い胸、スリムな体、短毛、立ち耳、緩やかな曲線を描く尻尾、そして足にアヒルのような水かきがあるのが特徴だ。同飼育場では成犬450頭、子犬120頭が飼育されている。
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オーナーのレ・クオック・トゥアンさんは幼いころから犬好きだった。もともとキエンザン省計画投資局の職員だったが、20年ほど前に出張でフーコック島を訪れた際、フーコック犬の血統の良さや賢さを聞き心を奪われ、全財産をフーコック犬の繁殖に投じることを決意した。
トゥアンさんは2000~2003年にかけて資金を借入れ、クアズオン村の3000m2の敷地で180頭のフーコック犬を飼育し始めた。しかし飼育経験が乏しかったため、犬は次々に病にかかり死んでいった。トゥアンさんはエビを養殖していた土地を売り、住んでいた家を担保に銀行から資金を借入れて犬の飼育に投じるも返済不能となり、破産同然の状態に陥った。家族のために定職に就こうと思っても、頭から犬が離れることはなかった。そして2004年、家族や友人知人の反対を押し切り、再起をかけてフーコック犬の飼育を始めた。
犬の飼育を再開した当初は困難もあったが次第に軌道に乗り、施設を妻の名前「タイン・ガー」と名付けた。トゥアンさんはかねてより人々に「犬のトゥアン」と呼ばれていたが、施設に妻の名前を付けて以降は妻までも「犬のタイン・ガー」と呼ばれるようになったとトゥアンさんは笑う。
施設の発展資金を得るために犬の繁殖と販売を試みたものの、犬の飼育自体が好きなあまり年間の販売数は全体の30%に相当する約40頭ほど。販売価格は1頭あたり平均で300万VND(約1万4500円)、売上は施設運営の経費に充てている。
フーコック犬が狩猟をしたり、沢や岩場を駆け回り、木登り、穴掘りを得意とするのを見て、トゥアンさんは曲芸の展開を思いついた。そこからフーコック犬の身体機能の特徴を詳細に記録し、犬の飼育や訓練の専門書などと照らし合わせて研究を進めた。現在では40頭が文字並べ、ゴミ拾い、高所上り、ドッグレースなどの訓練を受け、来場客を楽しませている。
施設にはそれぞれ4レーンずつある12種類のレーストラックが整備されており、コース総延長は365m。スタート地点は地上0.9mの高さにあり、「選手」は軽やかに地面に飛び降り一区間を走る。次に1.2mのハードルを越える。コースに散りばめられた木材を巧みに避けながら走り、竹橋を渡り、でこぼこの岩を登り、トンネルをくぐる姿は実に見事で楽しい。障害物のないコースを駆け抜け池を泳ぎ、ラストスパートをかける選手たちに観客の声援も大きくなる。
施設運営は楽しいことばかりではない。犬を飼育するうえで一番悲しいことは犬の死だとトゥアンさんは語る。施設の敷地内に犬の墓地があり、2002~2003年には病や犬同士の喧嘩、原因不明などにより数多くの犬が死んだ。病で手の施しようがなくなった犬に助けを求める目で見つめられるといたたまれない気持ちになるとトゥアンさん。現在、180頭の犬が墓地に眠っている。
キエンザン省はトゥアンさんのフーコック犬の血統保護活動を高く評価し、「森林回復とフーコック犬の保護プロジェクト」と銘打って2015年にフーコック島森林保護委員会の敷地5haをトゥアンさんに貸与した。これにより同施設では現在、来場客向けの曲芸のほか、フーコック犬の保護のための研究や森林保護活動も行われている。