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母親が反対すると考え、ラムさんは貸し部屋を探し、ベビーシッターを雇った。まるで夢のような話だが、その翌朝にラムさんがランニングをしていると、道端で泣き声が聞こえた。そして、孤児がもう1人増えた。彼は大変な状況ながらも2つ目の部屋を借り、近くのバインミー(ベトナム風サンドイッチ)の売り子も世話係として雇った。その6か月後、ラムさんはようやく母親にこのことを打ち明けた。
「予想外にも母は、『馬鹿だね、子供を拾ったなら、外で世話をせず家に連れて来なさい』と言いました。驚きましたが、母もまた私と同じように、小さく無力な赤ん坊を前に、自分の手を握るその小さな手を愛しく思わずにはいられなかったのです。それから4人の赤ん坊が私の家に来ました。以来、私は1つの疑問についてずっと考えています。『同じ人間なのに、なぜ恵まれた環境で生まれてくる子供がいる一方で、道端やごみ捨て場で目を開ける子供がいるのだろう』。そして、私はこの人生にはたくさんの不幸があることに気づき、自分個人の幸せは捨てて、腕を広げてこのような子供たちを受け入れることに決めたのです」。
ラムさんが1人目の子供を受け入れた時から、弟のグエン・バン・フックさんもラムさんを助けているが、2人の独身男性が生まれたばかりの赤ちゃんの世話をするのは簡単なことでなかった。彼らは夜な夜な子育てについてインターネットで検索し、育児本も購入した。
「でも、もっと大変なのは経済的な部分です。私たち兄弟は警備会社から収入を得ていますが、子供たちが増え、全員を養うには十分ではありません。私の1日は午前2時半に始まります。朝起きて、ベビーシッターたちが来る前におかゆを作ります。夜明けには卸売市場に行き、商人を手伝い、それから市場の駐車場の係員の仕事をします。その間に弟が子供たちを学校に連れて行きます。日中は警備会社、夜はカフェで働いて、夜の10時にようやく家に帰り着き、子供たちの世話をします」と、ラムさんは1日20時間以上にわたる労働時間について教えてくれた。
運命のようにラムさんに「見つけられた」子供たちは、家のドアの前に捨てられた子、奇形児、トイレに産み落とされた子、父親が自殺し母親も末期がんの子…と、様々だ。しかし、いつ何時もラムさんは子供たちのもとに駆け付け、命を救ってきた。