(C) Vnexpress, 塩川実さん 写真の拡大 |
彼の野菜は次第に日本人コミュニティの間で知られるようになり、良い反応も増えてきた。それをきっかけに幾つかの小さなスーパーとの取引が始まり、多少の利益がでるようになったが、同時に生産量や品質に対する要求も厳しくなっていった。2011年の年末、顧客が大きく増えるのと引き換えに、彼は病に倒れ、1年間の治療を余儀なくされてしまった。だが、彼は夢のために今度は病気と闘い、これを克服した。
大学時代の同級生たちが日本でマイホームやマイカーを持ち、安定した生活を手にしている頃、30歳になった彼はまだベトナムの畑を相手に奮闘していた。また、自ら生産するだけでなく、有機農業に携わる人達のネットワークを広げていった。現在畑は5000平方メートルにまで拡大し、毎日100キロもの野菜をベトナムの消費者の元へ届けている。
ベトナムで8回の年越しを経験した塩川さんは、「よく笑い、自然と共に暮らし、環境を守り、人々の健康をケアするという理想を実現できたことに大きな幸せを感じています」と、よく日焼けした笑顔で言った。彼は、より多くのベトナム人がベトナム人自身の健康を守るために、安全な野菜を作るようになることを心から願っている。