旧暦3月10日は「フン王の命日(Ngày Giỗ tổ Hùng Vương)」で、ベトナムの数少ない祝日のひとつです。 ベトナムの祝日 は、新暦の正月(1月1日)、テト(旧正月)の5日間、フン王の命日、 南部解放記念日 、メーデー、 建国記念日(9月2日) と前後いずれか1日の、合計11日間しかありません。その中でもフン王の命日は、ベトナムの祝日の中で唯一「文化的」な意味を持つ記念日です。今回は、この「フン王」について、歴史を紐解きながら見ていきたいと思います。
(C) VIETJO Life フン寺にあるフン王陵
『大越史記全書』に見るフン王の伝説
フン王(フンヴオン=Hùng Vương=雄王)は、ベトナム史上初の国家とされるバンラン(Văn Lang=文郎)国の歴代王の総称です。つまり、ベトナム最初の王の称号でもあります。
黎(レ=Lê)朝(1428~1527年)第5代皇帝レ・タイン・トン(黎聖宗=Lê Thánh Tông、在位1460年~1497年)時代の史官ゴ・シー・リエン(Ngô Sĩ Liên)が編纂した『大越史記全書』によると、紀元前29世紀ごろ、ホンバン(Hồng Bàng=鴻龐)時代のベトナム北部で、キン・ズオン・ヴオン(Kinh Dương Vương=涇陽王)と龍神の子としてラック・ロン・クアン(Lạc Long Quân=駱龍君)が生まれました。
ラック・ロン・クアンは仙人の子であるオウ・コー(Âu Cơ=嫗姫)を娶りました。2人の間には100個の卵が生まれ、100個の卵から100人の男子がかえりましたが、ラック・ロン・クアンはオウ・コーに、「私は龍の子、あなた君は仙人の子。龍と仙人の子は水と火のように相容れないので、一緒に居ることはできません」と告げ、2人は別れることになりました。そして50人の子は母のオウ・コーに付いて山へ帰り、50人の子は父のラック・ロン・クアンに付いて海へ帰って行きました。
その後、100人の中の長男がフン王として文郎国を建国。この文郎国こそがベトナム国家の始まりで、フン王=ベトナム最初の王とされているゆえんです。日本の神武天皇のような位置付けです。子孫も代々フン王と称し、紀元前258年にアン・ズオン・ヴオン(An Dương Vương=安陽王)のオウラック(Âu Lạc=甌駱、紀元前258~紀元前179年)国に滅ぼされるまでの2622年間、18代にわたってフン王は存続したとされています。ちなみに最後の第18代フン王は酒浸りで怠け者だったようです。
しかし、歴代フン王の推定在位期間は最短で80年、最長ではなんと339年。国家の痕跡を示す考古学的な遺跡や遺構、遺物なども発見されておらず、フン王はあくまでも伝説の域を超えません。
2007年から祝日に制定された「フン王の命日」
2007年3月末、旧暦3月10日がフン王の命日として祝日に制定されました。これにより、ベトナムの祝日はそれまでの年間8日から9日に増え、国民からも歓迎されました。(2015年にテト祝日が1日延長され、祝日が10日になりました)
実はずいぶん前から、フン王の命日を公務員の祝日にする案が何度か出ていました。1946年2月には故ホー・チ・ミン主席がこの案を承認する署名を行ったそうです。しかしその後、フランスや米国との長い戦争時代に突入したことにより、公務員が休んでいる暇などないと立ち消えになりました。また、1994年にも検討されましたが、経済発展の度合いから祝日を増やすのに適切な時期ではないと見送られました。
フート省のフン王祭り
毎年旧暦3月10日には、文郎国の中心地だったとされる東北部フート省ベトチー市の フン寺 歴史遺跡地区とその周辺地域でフン王祭りが開催されます。
(C) VIETJO Life フン寺への入り口
(C) VIETJO Life フン寺歴史遺跡地区の地図
この祭りはフン王の功績を称える伝統的な祭りで、約400万人が訪れるベトナム最大規模の祭りとなっています。祭りには中央政府の代表者らも出席し、フン王に線香を手向けます。
フンヴオン博物館
ベトチー市には、フンヴオン博物館(Bảo tàng Hùng Vương)が2つあります。古くからあるフンヴオン博物館は遺跡地区内に位置し、1986年に着工、1993年3月に開館したもの。建物内の吹き抜けには、フン王の伝説を描いたモザイクが画が展示されています。
(C) VIETJO Life フンヴオン博物館(1993年開館)
(C) VIETJO Life 吹き抜けのモザイク画
新しく建設されたフンヴオン博物館は、遺跡地区から数キロ離れたザーカム街区チャンフー通りにあります。2008年1月に着工し、2010年4月に開館しました。総投資額は1654億7800万VND(約9億2000万円)。面積は1万5732m2、3階建てと、地方の博物館としてはかなり大規模です。
建物内の吹き抜けにはラック・ロン・クアンとオウ・ラック姫の銅像が展示されています。展示室にはフート省の自然と人々に関する資料や、先史時代から北属期、近現代に至るまでの考古学的・歴史的資料が展示されています。
(C) VIETJO Life ラック・ロン・クアンとオウ・ラック姫の銅像
現在、フン王を称える祭りと民謡の3つがユネスコ無形文化遺産に登録されています。フン王は、ベトナムの国家と民族の基礎を築いた歴代王として、2000年以上経た今もなお国民に愛され、支持されています。旧暦3月10日は、ベトナムの長い歴史に想いを馳せて過ごしてみるのも良いかもしれませんね。
フンヴオン命日の祭礼の様子はこちらを参考にしてください。