VIETJO - ベトナムニュース 印刷する | ウィンドウを閉じる
[特集]

ハノイ旧市街の超狭小集合住宅、70人で共同便所1か所

2023/11/26 10:37 JST更新

(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
(C) dantri
 ハノイ市ホアンキエム区のハンボン(Hang Bong)通りとフーゾアン(Phu Doan)通りの交差点に、ハンボン集合住宅がある。グエン・ゴック・アインさん(女性・55歳)は、自分も旧市街の住人になって人生を変えたいという希望を抱き、2011年にここへ移り住んだ。しかしこの13年間、アインさんは自分の家に「埋もれる」ことを心配しない日はなかった。

 ある日のこと、アインさんはリビングにある木製の椅子に、身体を丸めて横たわっていた。アインさんの部屋にはベッドがない。正確には、まともなベッドを置くスペースがない。ハンボン集合住宅の最上階の3階にあるこの部屋は、広さがわずか16m2だが、一応「土地使用権証明書付き」で、かつては土地の評価額が1m2あたり1億2000万VND(約74万円)に上った時期もあるという。

 「この評価額で言うならば、私はホアンキエム湖のすぐそばの、旧市街の中心部にある『億ション』に住んでいる、ということになります。ここに引っ越してきたばかりのころもそう思っていましたし、遠く離れた郊外での日々とは違う、新しい生活に期待していました。でも、ほんの数か月でわかったんです。誰もこんなところに足を踏み入れたくないって」とアインさん。

旧市街の広さ16m2の部屋で暮らす

 アインさんが外出から戻り、自分の部屋までたどり着くには、幅1mもない狭い廊下を通らなければならない。数年前、自動で点灯するライトが設置され、この廊下も明るくなった。ただし、明るくなったとは言え、前方が少しよく見えるという程度だ。

 2回左折し、1回右折して、短い階段を上り、今度は長い階段を上って、最後にもう1回右折すると、ようやくアインさんの部屋に着く。

 室内のものが玄関のドアの外にはみ出しているのも慣れっこで、玄関からわずか1歩でリビングにある椅子に座ることもできる。アインさんは広さ16mの室内にロフトを設け、1階はリビングと台所、そして母子2人の寝室を兼ねている。2階は雨が降るたびに雨漏りするため人がいることはできず、物置になっている。

 3階には前の住人が残していった水場と、容量1000Lの水のタンクがある。アインさん自身も、この巨大なタンクをどうやってここまで運んだのかわからないという。以前、3階にはアインさんの両親が住んでいたが、両親は別のところに引っ越したため、今はここも物置になっている。

 「2019年に両親が出て行って以来、私と息子はこの家をただの寝る場所としか思っていません。台所はカビだらけだし、ロフトの2つの階には丸1週間上らないこともあります」とアインさんは語る。

 アインさんはあまり家におらず、夜に帰宅すると軽く掃除をしてから椅子に横になり、22時に息子が仕事を終えて帰宅するのを待つ。アインさんの息子は31歳で、幼いころから知的障がいがあり、現在はハンボン通りのビルの夜間警備員として働いている。月収は250万VND(約1万5000円)だ。

 夜、アインさん親子はそれぞれの場所に横になり、断続的に眠る。アインさんによれば、自動車のクラクションの音や遅くに帰宅した誰かの足音、ドアの開け閉めの音、共同便所の水が流れる音などによって、旧市街の夜の静けさは時折破られる。

 こうした不協和音のせいで、眠りの途中で目が覚めてしまう。各部屋は近接しているため、誰が何をしているのかもわかってしまう。アインさんは、足音を聞くだけでそれが誰の足音なのか、そして今が何時なのかまで推測できる。

 アインさん親子は長いことまともな睡眠がとれていない。さらに部屋は日々老朽化が進み、家としての基本的な水準を下回っている。ある夜は、眠りについたところで大きな音が聞こえ、アインさんはびっくりして飛び起き、息子を抱きしめた。いつ家が倒壊し、母子ともに自分の家に埋もれてしまってもおかしくないのだ。そんな不安がよぎらない日などない。

 「雨の夜は一晩中眠れません。屋根から雨漏りし、雨水が壁にしみてロフトの2階と3階に水たまりができるんです。息子と一緒に雨避けのシートを張って、タオルや古着を床に広げて水を吸い取ります。雨水を受けるたらいを置いてもすぐにいっぱいになってしまうので、こまめに水を捨てに行かなければなりません。こんな生活にうんざりして、何度も泣きました」とアインさんは話す。

 午前3時ごろ、隣の部屋から水の入ったバケツの蓋を開ける音、水を汲む音、そして隣人の「起きて水のポンプの元栓を開けて」という会話が聞こえると、アインさんと息子も目を覚ましてしまい、2人の新しい1日が始まる。

 この集合住宅では水が不足しがちで、旧市街に住んでいるにもかかわらず、水不足の程度は高地に住んでいるのと大して変わらない。午前3時というと浄水場がポンプを稼働し始める時間だが、ハンボン集合住宅の最上階まで水が流れるには時間がかかるため、最上階の住民はポンプの稼働と同時に起床する。1000Lのタンクを満たすには、数時間かかるのだ。

 タンクに水がいっぱいになると、アインさんは蛇口を閉めて、息子が仕事に出かけられるよう支度にとりかかる。「なんとか横になって寝ようとするんですが、5時には他の住人が起きてしまいますし、色々な音がしてうるさいので、なかなかそうもいかないんです」とアインさんはため息をつく。10年以上ここに住んでいるが、アインさんは毎日、長い長い夜を過ごしている。

 フランス植民地時代からある共同便所1か所を70人で使う

 ハンボン集合住宅はもともと、フランス植民地時代にフランス人が建てた高級ホテルだった。その後、植民地から脱すると、建物は2つのエリアに分けられ、上の階は西洋風のダンスフロア、下の階は合作社の拠点となった。

 1世紀近くを経て、現在は10世帯ほどが暮らしているが、土地の区画は不均等に分割されている。住人のほとんどが、代々ここに住み続けている人たちだが、若者はこの生活環境に耐えられず、住人は高齢者ばかりになっている。

 集合住宅全体では70人近くが暮らしているが、フランス植民地時代からある、トイレと風呂場を兼ねた共同便所が1か所あるだけだ。もちろん自動ではなく、自分で水を流さなければならない。使い方が汚い人がいても、次に使う人が我慢するしかない。

 この共同便所は、1人につき朝夕15~20分しか使うことができない決まりになっている。ピーク時には大勢がタオルや石鹸を手にして通路に並び、順番を待っている。「けんかなんてしょっちゅうで、長いことこもる人もいれば、すぐに出てくる人もいます。夏場にさっさと入浴したければ、時間を節約するために2~3人で一緒に入ることもあります。深夜0時まで順番を待たなければならないことだってありますから」とアインさんは語る。

 アインさんの部屋には専用のトイレがあるが、トイレや入浴、洗濯で水を流すとすぐに排水管が詰まってしまう。水が流れなくなるたびに詰まりの解消に数百万VND(100万VND=約6100円)を費すことになるため、このトイレはもはやあってないようなものだ。

超狭小がゆえの問題

 2019年、アインさんの父親が脳卒中を起こした。そのとき父親はロフトの3階に横たわっていた。アインさんと母親は、救急車で運ぶために父親を抱えて下りようとしたが、ロフトの階段が狭すぎて、どんな体勢でも自分たちだけでは無理だった。

 アインさんは父親が死んでしまうのではないかと怖くなったが、母親は落ち着いて、父親を元の場所に寝かせて応急処置を施したのだった。そして、父親は言葉が発せられるようになり、第一声は「助けてくれ」だったという。

 その後、父親が回復すると、両親は市内の別のところに引っ越した。アインさんは毎日、バスに乗って両親の家に行き、両親の世話をして、そこで息子の食事を用意し、入浴や洗濯も済ませる。そして夜になるとハンボン集合住宅に寝るためだけに帰るという生活を送っている。

 この集合住宅に移り住んだばかりのころ、アインさんは、旧市街で暮らす人々がそこまで幸せというわけではないことを知った。しかし皆、旧市街ならお金は稼げると言う。だからこそアインさんは、自分の人生を変えたいという希望を抱いていた。

 旧市街の住人になったアインさんだが、旧市街で土地使用権証明書を持つと苦労する、という話は本当だったとわかり、その苦しみは想像を超えるものだった。「何世代にもわたってここに根付いてきた人たちは、『逃げる』ことができなくて、何かが変わることを待ち続けているんだと思います」と、アインさんは語った。 

[Dan Tri 06:04 28/09/2023, A]
© Viet-jo.com 2002-2024 All Rights Reserved.


このサイトにおける情報やその他のデータは、あくまでも利用者の私的利用のみのために提供されているものであって、取引など商用目的のために提供されているものではありません。弊サイトは、こうした情報やデータの誤謬や遅延、或いは、こうした情報やデータに依拠してなされた如何なる行為についても、何らの責任も負うものではありません。

印刷する | ウィンドウを閉じる