[特集]
カフェチェーン「フックロン」ブランドの知られざる物語
2023/10/15 10:34 JST更新
(C) toquoc |
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ベトナムのカフェチェーン「フックロン(Phuc Long)」は、今やホーチミン市とハノイ市を中心に全国展開する大手チェーンとなっているが、ブランドの物語は1968年、1台の荷車から始まる。
「フックロン」ブランドの創業者であるラム・ボイ・ミン氏(男性・77歳)は1968年、貨物輸送業者で働き始めた。終業後は、ホーチミン市5区のトンドックフオン通り(現在のチャウバンリエム通り)の角に荷車を停め、コーヒー豆や茶葉を販売した。
1975年、ミン氏は同市のレバンシー通り307番地に店を開いた。ここではコーヒーや茶をいれる商品に加えて、コーヒーのドリンクも販売した。数年後には同じレバンシー通りの別の場所に店を移転し、10年余り営業した。
ミン氏はオーナーであると同時に従業員でもあり、原料の仕入れから焙煎、配達まで担っていた。ホーチミン市の照りつける太陽の下、ミン氏は毎日荷車を漕いで商品を仕入れ、市内のあちこちに配達した。
1980年、ミン氏はマックティブオイ通り63番地にも店を出し、マシンでいれたコーヒーを販売する形で、ビジネスモデルを一新することにした。店の広さはわずか9m2だったが、この店こそ、フックロンが食品・飲料(F&B)業界に進出していくためのマイルストーンとなった。
1990年代に入ると、ミン氏とチームは引き続き商品を改良し、店舗数を拡大していった。そして2007年、フックロンは国内市場と輸出に対応できる高品質の原料を確保すべく、東北部地方タイグエン省の茶畑に投資し、東南部地方ビンズオン省にコーヒーと茶の加工工場を建設した。
ミン氏は、とどまるところを知らないクリエイティブ精神で、茶葉とフルーツやシロップを組み合わせるなどして、伝統的な茶を若者のトレンドに合わせたユニークなドリンクに変えていった。
加工は今でも茶葉の選別から抽出まで手作業で行っており、特徴的な風味を生み出している。茶葉の栽培地から選別、乾燥、さらには独自のレシピによるシロップ作りまでこだわり、最も美味しく、最も新鮮な品質を保っている。
フックロンのフルーツティーにはピーチティーやライチティー、ハーブティーなど様々な種類があるが、登場して間もなく大きな話題となり、市場で関心を集めた。こうしてフックロンは瞬く間に人気を集め、コーヒーや茶の「信者」からも好まれるようになっていった。
どのようにしてこういったドリンクを生み出すことができたのかと聞かれると、ミン氏は「仕事が仕事を教えてくれたんです」と答えた。つまり、当時は茶のいれ方やコーヒーの焙煎の仕方を教える学校などなく、経験を積むための人生という「学校」しかなかったのだ。
2012年、フックロンはホーチミン市7区の商業施設「クレセントモール(Crescent Mall)」に出店した。これは、フックロンにとって、次の発展に向けた重要なターニングポイントとなった。この店舗では、モダンな空間でセルフサービスを導入したモデルに切り替えた。これをきっかけに、フックロンブランドは大きな発展を遂げ、全国展開する大手チェーンに成長していった。
2020年半ば、ミン氏はフックロンのブランドを、より大きなビジョンと規模を有する企業に譲渡することにした。現在、ミン氏のフックロン株の保有率は15%で、残りの15%についても譲渡の手続きを進めているところだ。このミン氏の決断は、フックロンのさらなる発展に向けた再びのターニングポイントになった。
ミン氏は、フックロンがベトナムのコーヒーと茶のブランドの世界的なシンボルになることを信じているとし、ブランドを譲渡してもなお、核となる価値観と伝統的な風味を保ち、時代に合わせたスタイルで、より多くの人々にフックロンの商品を届けたいと願っている。
現在、フックロンの店舗網は他の名だたるカフェチェーンと競合できるまでに成長している。F&B市場のシェアをめぐる競争はますます激化しているが、新たな資本と経営戦略により、フックロンのさらなる躍進が期待されている。
[To Quoc 11:31 03/10/2023, A]
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