[特集]
文字と生き方を教える教室、生徒が増えないことを願う先生の思い
2023/03/19 10:02 JST更新
(C) vietnamnet |
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愛情に飢え、辛い子供時代を経験したホーチミン市在住のフイン・クアン・カイさん(男性・32歳)は、宝くじ売りや資源回収(ベーチャイ=ve chai)の仕事をしながら生活していかなければならない、文字を知らない子供たちの運命を誰よりもよく理解している。
カイさんは経済的に困難な家庭で生まれ育った。幼い頃から母親と2人きりの生活で、生計を立てるために苦労する日々を送っていた。中学校時代には、他の生徒の保護者が子供を迎えに来て校門の前で我が子を可愛がる光景を見て、涙を流したという。
「その光景を見て、自分を哀れんでただただ遠くに逃げたくなりました」とカイさん。そして、2009年に自分の教室を開くまでの過程をこう振り返った。「生活のために苦労して宝くじを売っている無垢な子供たちの姿に自分の子供時代が重なり、彼らを助けるために何かしようと決心しました。それで、友人たち数人と一緒に、宝くじ売りや資源回収をしながら生活する子供たちに文字を教える教室を始めたんです」。
小さな村に明かりが灯るように、ホーチミン市12区の小さな路地裏でカイさんたちの教室が始まった。当初、教室には数人しか生徒がいなかったが、子供たちが同じような境遇の友人を誘うようになり、次第に教室に人が増えていった。
カイさんは教育学の専門ではなかったが、子供たちが興味を持ってすぐに吸収できるよう、わかりやすく親しみやすい教え方を模索し、努力を続けた。講師陣は6年間にわたり子供たちに寄り添ったが、カイさんの友人たちは本業の仕事が忙しくなり、教室に参加できなくなった。最後に残ったカイさんは1人で教え続けたが、2015年に観光ガイドとして働く道を選び、教室を閉じた。
しかし、2015年9月、宝くじを売る子供の1人がカイさんにこう伝えた。「先生、また教えてよ」。この言葉がカイさんの心に響き、カイさんは自宅で教室を再開することにした。
「私の家には勉強机がなかったので、子供たちはゴザを敷き、太ももの上にノートを置いて勉強しなければなりませんでした。座りにくく、時には雨漏りすることもありましたが、子供たちが夢中になって文字を学ぼうとしている姿を見ると、私の心もほっこりしました」と、カイさんは当時を思い出しながら語る。子供たちに教えることにもっと多くの時間を費やしたいという思いで、カイさんは2017年に仕事をフリーランスの観光ガイドに切り替えた。
カイさんにとって子供たちは輝く真珠のような存在だったため、自分の教室に「ゴックベト(Ngoc Viet=「ベトナムの真珠」の意)と名付けた。カイさんが結婚した2018年には、生徒数は60人ほどまで増えており、子供たちがきちんと勉強できる場所を確保するため、教室を増やすことにした。
カイさん夫婦は6000万VND(約34万円)を工面したものの、改装にかかる費用は1億VND(約56万5000円)以上になった。そこで2人は結納品をすべて売り、資金にした。母親と妻が常にそばで励まし支えてくれたおかげで、カイさんのモチベーションはより高まった。カイさんが多忙な時は、妻がサポートした。
「子供たちは自分の仕事を終わらせると教室に駆けつけ、勉強しています。多くの子供たちはほとんど、もしくは何も食べておらず、とてもお腹を空かせているんです。そんな時、子供たちは自分で即席麺を作って食べたり、私の母が作ったご飯を食べたりしています。無邪気な子供たちが皆で楽しそうに食事をしている姿を見ると、とても温かい気持ちになりますね」とカイさん。
当初は人数も少なかったため、カイさんは授業を受けられる生徒の基準を設けず、誰でも受け入れていた。しかし、生徒数の増加に伴い、カイさんは子供たちを受け入れる際により注意を払わなければならなくなった。「私の教室で受け入れ可能な生徒の条件は、8歳以上で、家族の経済状況が苦しく正規の学校に通えない子供、としています」とカイさんは話す。
日中は生活のために働かなければならない子供たちのために、カイさんの教室は毎週月曜日から金曜日までの夜18時45分から21時までとなっている。主な科目は算数とベトナム語で、将来自分で生計を立てる際に役立つよう、読み書きと計算の基礎を身に着けることを目的としている。また、教室で知識を学ぶことに加え、カイさんは頻繁に野外活動を取り入れ、遊びながら学ぶことで子供たちの学習意欲をより高めている。
経済的に困難な状況にある子供たちに文字を教えるために教壇に立っているこの10年余りの間、カイさんが辛いと感じたことは一度もなく、疲れを感じたとしても自分の生徒たちを見るだけで元気が出るという。子どもたちのために有意義な仕事をすることが、カイさん自身の人生において最大の喜びになっている。
スポンサーからの支援について、カイさんは自分のことをよく知っている人、一緒にツアーに行ったことがある人など、直接の知人からの支援しか受けていない。そうすることで、カイさんの取り組みへの誤解が生じないようにしているのだという。
「たくさんの人が子供たちに金銭的な支援をしたいと電話をくれますが、お金は受け取りません。代わりに、雑貨店や文房具店のリンクを送って、そこから注文してもらうんです。注文が入ったら、お店から子供たちの家まで商品を配達してもらっています。皆さんのご支援には心から感謝していますが、見知らぬ人から金銭を受け取ることはしたくないんです」とカイさんは教えてくれた。
現在、カイさんは観光ガイドのほかにバインミー(ベトナム風サンドイッチ)の屋台を開いている。目的の1つは、売り上げを教室の運営に充てること。そしてもう1つの目的は、子供たちに商売を体験させ、将来生計を立てるための学びとすることだ。「この先、お金も名声もすべてを失うことがあるかもしれない。でも、決して失ってはいけないものが2つあるんだ。それは、尊厳と、親切な心だよ」。カイさんはいつも生徒たちにこう教えている。
多くの子どもたちはカイさんの教室を出てから、生活に困らない安定した仕事に就いているという。電話修理店のオーナーや自動車修理工場のオーナーになった生徒もいて、そういった報告を聞くたびにカイさんはとても嬉しい気持ちになる。
それでもカイさんは、自分の教室の生徒を増やすことも、この取り組みをずっと続けていくことも決して望んでいない。なぜなら、カイさんは心の中で、子供たちの苦労が減るように、そして文字を知らないという悲惨な運命がなくなるようにといつも願っているからだ。
[Vietnamnet 08:50 03/01/2023, A]
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