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[特集]

ハノイで初のメトロ運行開始、着工10年の軌跡

2021/12/26 10:47 JST更新

(C) zingnews
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 緑色の車体の電車が、警笛を鳴らしながらカットリン駅のホームに到着した。ホームでは、老若男女問わず多くの人々が興奮を隠せずにいた。2021年11月6日の朝、人々は一張羅で出かけ、それまで先進国にしかなかったメトロに初めて乗り込んだ。

 2021年11月6日、ハノイ市都市鉄道(メトロ)2A号線(ドンダー区カットリン~ハドン区間)が、2011年10月の着工から10年の工期を経て、運行を開始した。

「バスよりも速い」

 ファム・バン・タインさん(男性・86歳)は急いで自宅を出ると、騒がしい音が聞こえてくる駅のほうに目を向けた。「昨晩はずっとそわそわしていましたよ。近所の人たちが、今日から電車が走ると教えてくれたのでね」とタインさんは話す。

 メトロの駅を建設するための土地の引き渡しで、タインさん一家が暮らした3階建ての家が取り壊されてから10年余りが経った。

 タインさんは、受け取った20億VND(約1000万円)の補償金を、別の場所に移り住む子供たちに分け与えた。タインさんに残された土地は面積わずか7m2で、人を雇ってその三角形の土地に壁を作り、ドアを設置し、簡易の家を建てた。かつて国営企業の社長を務めていたタインさんは、今はこの家に1人で暮らし、生活費は年金で賄っている。

 毎日、朝早くにタインさんは運動を兼ねてカットリン駅の周辺を散歩する。この習慣はもう何年も続いており、メトロの工事の進捗も見てきた。一時は「この駅は使われることもなく、取り壊されるんだろう」と思っていたという。

 タインさんの自宅はカットリン駅のすぐそばにある。メトロが運行を開始した日、自宅のある通りと駅を隔てる路地は、電車に乗る人々のためのバイクの駐車場に変わっていた。駐車料金は1台2万VND(約100円)。手にたくさんの少額紙幣を握った女性が、カットリン駅を訪れる人々にバイクの駐車スペースを指示している。

 「今日は、電車がバスよりも速いかどうか見てみよう」とタインさんは言い、金色のセイコーの腕時計を見下ろした。タインさんの乗った電車が動き出したとき、時刻は9時15分だった。

 ハノイ市民を乗せた最初の運行は、手をつないだ老夫婦や孫に付き添う老人など、乗客の多くが白髪の齢だった。また、礼儀正しそうなある中年の男性は、フランスや日本のメトロについて語っていた。

 タインさんは走行する電車の窓から通りをじっと眺めていた。タインさんは、今まで一度も海外に足を踏み入れたことがない。メトロ2A号線と比較できる唯一のものといえば、今から60年も前の25歳のときに乗った路面電車だ。

 「当時はおこわ一握りが1.5xu(スー:通貨ベトナムドンの補助貨幣で1VND=100xu)、フォーが3xu、路面電車は全区間で2xuでした。毎朝、路面電車に乗って湖畔からロンビエンまで通勤したものです」と振り返った。

 メトロ2A号線の運賃は、全区間で1万5000VND(約75円)。タインさんは「昔と同じで、フォーより安くておこわより高いですね」と笑った。

 タインさんは、新聞を読んだりラジオを聞いたりするのが趣味だ。悲しい気持ちのときは路線バスに乗ってハノイ市内を散策する。タインさんは高齢者向けの路線バス無料乗車券を持っている。自宅からハドン区のイエンギアバスターミナルまでは路線バスで40分。渋滞のときはもっとかかる。

 電車が終点のイエンギア駅に到着し、タインさんは腕時計に目をやった。時刻は9時40分。自宅からイエンギアまで路線バスなら40分かかるところ、電車なら25分で、15分も早く着いた。しかも、渋滞の心配もない。

10年の軌跡

 メトロ2A号線は、2008年に交通運輸省と中国のゼネコンがEPC(設計・調達・建設)契約を締結し、プロジェクトが始動した。そして2011年11月に着工し、2015年の運行開始に向けて本格的に動き始めた。当初、案件の投資総額は5億5200億USD(約630億円)だった。

 工事が始まり、近隣の民家は取り壊され、街路樹は伐採され、建設現場の周囲は交通渋滞が頻発した。市民は2015年になれば日本やヨーロッパ、米国に劣らない、近代的なメトロの恩恵を享受できると期待していた。

 しかし、土地収用や工事、検収の遅れなどにより、運行開始が何度も延期された。

 また、高架橋や駅の建設中に発生した事故は、市民の心に深く刻まれた。最も悲劇的な事故は、2014年11月6日に発生した。この日、タインスアン区グエンチャイ通りの高架駅の工事現場で建設資材の鉄筋が高所から道路に落下し、道路を走行中だったバイク3台が鉄筋の下敷きとなり、1人が即死、4人が重軽傷を負った。

 その1か月後の12月28日には、チャンフー通りハドンバスターミナル付近のコンクリート柱工事現場で全長約10mの足場が6mの高さから崩落する事故が発生した。道路を通りかかったタクシーが崩落した足場や鉄筋の下敷きとなり、タクシーの前部が完全に潰れたが、奇跡的にも運転手と乗客3人は軽傷を負っただけで命に別状はなかった。

 さらに、2015年、2016年、2017年にも、建設資材が高所から道路に落下したり、作業員が死亡したりする事故が相次いだ。

 着工から運行開始までに交通運輸相も入れ替わり、10年間で3人がこの役職を務めた。投資総額は当初の8兆7700億VND(約436億円)から、18兆0016億VND(約895億円)に膨れ上がり、人々の利益のためのプロジェクトという期待は、いつしか失望に変わってしまった。

 2020年に入ると、プロジェクトは完成に向けて大きく動き出した。試験走行と並行して、メトロ2A号線を運営するハノイ・メトロ(Hanoi Metro)はプロジェクトの安全性を検証するために現場で様々なリハーサルを行った。

 2020年12月12日、全区間でシステム全体の試運転が始まった。これは本格的な運行開始を見据えた最終テストとなり、12月31日までの20日間にわたり試運転を行った。

 2021年になって、プロジェクトにとって最も大きな2つのターニングポイントが訪れた。まず、4月29日にフランス系コンサルタントであるACT(Apave-Certifer-Triccの3社による企業連合体)が、安全証明書を発給した。

 そして10月末には、建設事業検収国家検査評議会が投資主による検収結果を承認した。その時点で、プロジェクトは引き渡しと商業運転の条件を満たした。

 メトロ管理委員会は、運行開始日を週末の11月6日に設定した。11月6日から15日間は無料で運行し、21日から有料運行を開始することにした。

 ただし、無料運行期間中に乗車した人々のほとんどはあくまでも「試しに乗ってみる」という感覚で、バイクや自動車を捨てて電車の利用に切り替えることまでは考えていないようだった。

 市民がメトロを受容するかどうかは、無料運行期間が終わってしばらく経ってからわかるだろう、という意見が多い。


 なお、ハノイ・メトロによると、11月6日から12月5日までの1か月間におけるメトロ2A号線の利用者数は62万0464人、1日当たりの平均利用者数は2万0682人、運行本数は5599本だった。無料で運行していた11月6日から20日までの15日間の利用者数は38万0510人、有料化した11月21日から12月5日までの15日間の利用者数は23万9954人となった。

 今後、市内の通勤・通学の再開に伴い、さらなる利用者数の増加が見込まれている。 

[Zing 07/11/2021, A]
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