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[特集]

片腕の水泳選手とアオザイデザイナー、2人の愛の物語

2020/11/01 05:10 JST更新

(C) vnexpress
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 生まれつき両脚がなく、右腕の手首から先もなく、実の父親からも捨てられたロイさんは、誰のことも好きにならず、誰とも結婚しないと決めていた。しかし、2年前の運命的な出会いがすべてを覆した。

 ホーチミン市トゥードゥック区ヒエップビンフオック街区の静かな路地にある小さな店には、ファン・ティ・トゥオン・ギアさん(女性・27歳)が手作りしたブローチや、アオザイが並んでいる。

 ギアさんの夫、グエン・ホン・ロイさん(男性・33歳)は、テーブルに白いアオザイを広げる。夫婦は椅子に座り、筆を手にする。2人の1日は、布を飾る花の絵を完成させることから始まる。

 ギアさんは手作りのアオザイコレクションの若手デザイナーとして知られている。一方のロイさんは障がい者水泳の世界で有名で、数々の大会でメダルを獲得してきた。

 ロイさんは大会に向けたトレーニングに加えて、ギアさんがアオザイやドレス、バッグにデザインを描く仕事や、店の仕事も手伝っている。2人はロイさんの三輪バイクで配達にも一緒に出掛ける。

 ロイさんは生まれつき両脚がなく、右腕の手首から先もなく、左腕だけが自由に使える。幼いころからホーチミン市のツーズー病院平和村で生活していた。

 そんな2人は、2020年10月に結婚式を挙げ、正式に夫婦となった。

 2年前、ギアさんはスカーフ素材に手刺繍を施した自身の初めてのアオザイコレクションの展示会でホンさんと出会った。最初はゲストの中にハンサムな、しかし席についたままの男性がいるのをちらりと見ただけだった。展示会が終わりに近づいたとき、ギアさんはその男性が半分の長さしかない両脚で歩いているのを目にし、印象に残った。

 約1か月後、ギアさんはフェイスブック(Facebook)でたまたまロイさんの個人ページを見つけ、友達リクエストを送信した。インターネット上でのやりとりを経て、2人は会ってコーヒーを飲みに行くことにした。初めての「デート」では、ギアさんがトゥードゥック区からロイさんのいる1区のツーズー病院平和村まで自らバイクを運転して迎えに行った。

 「その日は、ホーチミン市内の道路の8km近い道のりを、初めて1度も赤信号にひっかかることなく走ることができたんです。そのとき私は、このデートはとても特別なものになると感じました」とギアさんは回想する。

 初デートは4時間に及んだ。しかし、ロイさんはもともと誰かを好きになったり誰かと結婚したりするつもりもなかったため、1人の兄のような存在として、ギアさんの仕事、特に芸術的なアオザイに関する話を聞いた。

 一方のギアさんも、ロイさんのことを兄のように見ており、自分のことから過去の恋愛、将来の夢まで、正直に話した。

 「彼の隣を歩いていると、彼は身体に障害があるけれど、いつもユーモラスで楽観的な人だということがよくわかります。それに、彼が左手だけでアオザイの柄を描くことができると知って感心しました」とギアさん。

 知り合ってから初めて迎えるテト(旧正月)は、ギアさんが故郷の南中部高原地方コントゥム省の実家にロイさんを誘った。しかし、ロイさんはそれを断った。

 「僕は、他人が僕自身を悲しませるようなことを言うのは怖くないけれど、君が僕みたいな男と付き合っていることで、君の家族を悲しませるのは怖い。だから、テトにわざわざ君の家族にあれこれ考えさせたくないんだ」とロイさんは説明した。

 知り合ってから、2人のどちらかが告白するということもなかったが、お互いにいつも絆を感じていた。2人は仕事が忙しいときを除いて、ほとんど毎日会っていた。あるとき、ギアさんが「一番大きな夢」を語った。それは、自分の店を持ち、自分が作ったものを売り、田舎の両親と一緒に写真を撮りたい、というものだった。

 ギアさんがきれいな家や高級車、お金持ちの夫を望んでいないということを知って、ロイさんはますますギアさんに好感を抱いた。生まれてすぐに父親に捨てられ、平和村の人々の愛情の中で育ったロイさんもまた、ギアさんのように家族の幸せな時間を過ごしてみたいと夢見ていた。その瞬間、ロイさんは心の中だけでこう言った。「よし、僕が君と一緒にその夢を叶えよう」。

 ギアさんから話したわけではなかったが、ギアさんの田舎の両親ときょうだいは2人の関係に気づいていた。あるときギアさんが田舎へ帰ると、父親から「障がい者と付き合っているんだろう?」と尋ねられた。ギアさんが認めると、父親は涙を流したが、反対はしなかった。

 「父が泣いたのが、私のことを想ってなのか、ロイさんのことを想ってなのかはわかりません。ただ、私は父に、自分がした選択のおかげで幸せだということ、今の自分にとって彼を選ぶことが最良だということを伝えました」とギアさんは語る。

 その年のテトが過ぎ、ギアさんの小さな店がオープンし、両家ともに2人の関係を知ってから、ロイさんはついにテトに合わせてコントゥム省のギアさんの実家を訪ねた。いつも自信満々で楽観的なロイさんが、このときばかりは緊張していた。

 元日の数日前、ロイさんは初めて恋人の実家の門の前に立った。ギアさんが大きな声で呼ぶと、家の中から両親が笑顔いっぱいに出迎えてくれた。ロイさんは、自分を待っていてくれる家族ができたような気持ちになり、心を打たれた。それは、今までに経験したことのない感覚だった。

 「テトの1週間を家族と一緒に過ごす中で、ギアの両親は僕の両脚のことも、片腕のことも決して尋ねようとせず、息子のように接してくれました。僕は、これが自分の家族になり、今後自分が頑張っていくための原動力になるのだろうと感じました」。

 2020年10月10日、2人は結婚式を挙げた。披露宴にはロイさんの選手仲間やギアさんのデザイナー仲間など、多くの人が集まった。披露宴では、新婦のギアさんが会場の後方に1人で現れ、新郎に対する想いを込めた歌を歌いながらステージに向かって歩いた。ステージ上では、新郎のロイさんが義足をつけ、スーツを着て待っていた。そして、ロイさんは花嫁を迎え入れた。

 2年前は誰のことも好きにならず、誰とも結婚しないと思っていたロイさん。披露宴のステージに立ち、かけていた眼鏡を外した。客席にいる人々を見ると泣いてしまいそうだったからだ。しかし、花嫁の歌を聴いたロイさんはうつむいて目に涙を浮かべた。ロイさんのそばで最後のフレーズを歌い切ったギアさんの目にも涙が光っていた。

 10年も前からロイさんにとって兄のような、友人のような存在である歌手のグエン・フィー・フンさんは、2人の縁を知って2人のために歌を作り、披露宴で歌った。フンさんはこう語る。「私たちはいつも人生の中に物語を探し求めていますが、それはそう遠くないところにあるということを、2人の愛が証明してくれました。この奇跡が起きたのは、ギアさんにとてつもなく深く、人間的で広い心があったからです」。

 ギアさんは家族や友人たちが見守る中、「おそらく私にとって、この結婚式、この人生、そしてこの夫、すべてのことが、これまでに望んだ中で最も完璧で素晴らしいことです」と語ってから、ロイさんと腕を組んで、乾杯をしに客席へ向かって歩き出した。 

[VnExpress 05:06 19/10/2020, A]
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