[特集]
妻に「他の人と再婚を…」、障害抱える夫の妻への思い
2020/06/21 05:50 JST更新
(C) vnexpress |
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汗をかきながら自分を抱えてトイレに連れて行ってくれる妻を見て、ビンさんの胸は苦しくなった。「僕たちはこれで終わりにしないか。このような状況でいるのは君が気の毒だ」。
「私は障害者で、この3年間は両脚が完全に麻痺しています。私たち夫婦はこれまでお互いに信頼し合ってきました。私を見捨てないでいてくれた妻に感謝しています」。ホアビン省マイチャウ郡(huyen Mai Chau)在住のディン・コン・ビンさん(男性・30歳)は、少数民族のムオン族だ。
2017年はじめ、ハノイ市でレンガ職人として働いていたときに突然の腰痛に襲われた。治療しても一向に良くならず、同じ症状を持つ多くの人が腰に痛み止めの注射を打っているのを知り、ビンさんもそれに倣うことにした。1年後、注射の痕が膿んで腫れるようになったが、そのままにしておいたところ脊髄にまで感染症が広がった。
髄液を吸引する手術を受けた後、続けて脚の手術も受けた。そして、尾骨から下の感覚がなくなり、ビンさんは入院中のベッドで鬱々と過ごした。1人で用を足すことができず、初めて妻にオムツをつけてもらった日、「私の人生は終わったも同然だ」と涙を流した。
退院後、健康な青年だったビンさんの生活の全てが、妻のブイ・ティ・ホアさんに委ねられることとなった。自宅は洗面所が外にある土壁の家のため、ホアさんは風呂やトイレの度に夫を抱きかかえて運び、1年以上世話を続けた。当時、家族の生計は田んぼとホアさんの賃金が頼りだった。
1人で夫と子供の世話を続けるうち、ホアさんの目尻の皺は日に日に増えていき、28歳には見えないくらい老けていると友人たちから言われていた。
座位や横位で過ごさなければならないため、ビンさんの尾骨は常に潰瘍化していたが、ビンさんは麻痺のために異常を感じることもできなかった。快活で明るい性格だったビンさんは、無口で神経質な気質に変わってしまった。
夫の気晴らしになるよう、ホアさんは時々彼をバイクに乗せ、風を浴びさせた。しかし、不注意から夫のふくらはぎがバイクのマフラーに接触してしまい、火傷させてしまったこともある。「火傷しても、痛みも何も感じないんです」とビンさんは打ち明けた。
家族を養うために忙しくしている妻を目にしながら、ビンさんはある日、取り乱して部屋の隅にある殺虫剤の瓶を見つけ、「人生を終わらせよう」と考えた。しかしそのとき、不意に4歳になる娘がビンさんのところに走り寄って来て、父親の脚をさすりながら聞いた。
「お父さんはいつ歩けるようになるの?元気になったら私を学校に連れて行ってね」。その言葉にビンさんは目を覚まし、娘の頭を撫でながら赤い目をそっと伏せた。
脚の麻痺に加え、脊髄炎の影響によりビンさんは「男性の本能」すらも失ってしまった。妻の隣に横になりながら、ビンさんは「君はまだ若いのに、このような状況でいるのはあまりに気の毒だ」と、躊躇しながらも何度も別れを伝えた。
ホアさんは夫から離婚の話を聞くたび、首を横に振った。「夫婦は運命を共にしているの。縁があったのだから、何があっても一緒にいなければならないのよ」とホアさんは断言した。
妻を説得することができず、ビンさんは妻が自分を嫌になる理由を探し、行動を仕掛けた。ビンさんがホアさんを強く叱ると、彼女はただ静かに夫の怒りが治まるのを待ってから、「何があっても私は決してあなたと別れないわ」と夫に伝えた。
そしてホアさんは静かに外に出て、夫が1人で怒りを鎮めるための時間を与えた。妻の揺るがない決心を前に、ビンさんは離婚の話をすることを止め、妻に冷たい態度で接したが、ホアさんは落ち着いて夫の世話を続けた。
家にいる間、ビンさんは脊髄を損傷した人々のグループをオンライン上で見つけ、参加するようになった。多くの人が自分よりも苦労している現実を知り、「自分には面倒を見てくれる妻がいるのに、なぜいつも穏やかでいられないのだろうか」と自問自答を重ねた。
「死ぬことができないのなら、より良く生きようと頑張らなければいけない。家族や社会の重荷になってはいけない」。ビンさんはこのグループの友人の言葉を胸に、自力で壁に寄りかかり、ベッドの脇にある車椅子に移動し、ほうきを持って掃き掃除をするようになった。
農作業と仕事の傍ら、昼には食事の準備のために家に立ち寄る多忙な妻のために、ビンさんは自力で入浴し、食事の準備を手伝うよう努力している。娘が学校から家に帰ると、暖かいご飯とスープが準備されており、部屋はきれいに掃除されている。
ホアさんは夫が作ったご飯のおかげで太ってしまったわ、とよく冗談を言い、「私がたくさん食べて元気でいないと、あなたを抱えて運ぶことができないでしょう?」と大きな声で笑った。
ホアさんは長年にわたり雇われ仕事をしてきたが、夫婦で話し合い、ここ1年程は自宅で地元の人向けに農産物や雑貨を売って生計を立てている。時には鶏や苗を、またその他の生活必需品を売ることもある。
ビンさんは自身のウェブサイトに文章を書き、ホアさんは商品を運ぶ。2人は楽しく過ごし、大声で言い争うこともない。月の収入は、家族の食費とビンさんの入院費として銀行から借りた資金の返済にも十分な額だ。
昨年、あるボランティアプログラムを通じて、ビンさん家族は非政府組織(NGO)と慈善家により、元の古い土壁の家の土地に新しい家を建てることができた。洗面所と台所が分かれているので車椅子でも移動しやすく、とても便利になった。
魚料理が好きなホアさんのため、ビンさんはネットの情報を色々と探し、以前はほとんど立ち入ることのなかった台所で料理をする。今では魚の煮込みが得意で、妻も絶賛する程の出来栄えだ。料理に加え、最近はハミングで歌ったり、笛を吹くことも楽しんでいる。
新しい家の中で、ビンさんは壁に掛かっているひょうたんの笛を手に取り、埃を払ってから口元に近付け、吹き始めた。昼間、笛の音は甲高く明快に、時に優しく穏やかに音色を響かせた。ビンさんはこの笛の演奏を妻の誕生日プレゼントのためビデオに収めた。
そして笛を置くと、7歳になる娘を台所に呼び、一緒に誕生日ケーキを焼いた。「これからも手を取り合いながら子どもを見守っていこうね。いつも隣にいてくれてありがとう」というメッセージを添えて。
[VnExpress 06:00 15/05/2020, A]
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