[特集]
「生ける者も亡き者も助ける」が信条、親に代わり水子供養する女性
2018/09/16 05:38 JST更新
(C) Dan tri |
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ハノイ市ソックソン郡タインスアン村ドイコック集落に住むグエン・ティ・二エムさんは、2006年のある日、病院で我が子を「捨てに行く」母親を見て、不幸な子供たちのために何かしなければと思った。その日から10年間、二エムさんはあちらこちらから胎児の亡骸を連れて帰っては埋葬している。
お腹を痛めて我が子を出産した時のことを忘れる母親などこの世にいないだろう。しかし、二エムさんが忘れられないのは、何の罪もない赤ん坊がこの世で産声を上げる前に亡くなった日のことだ。「出産を控えた身内の子を病院へ連れて行った日のことです。妊娠6か月ほどのお腹の子を中絶しに来ていた女の子を見かけたんです。私は彼女に、赤ん坊は貴女の全てだと言いました」。
二エムさんは見ず知らずの少女に夜通し付き添い諭したが、少女の決意を変えることはできなかった。普通は出産後は誰もが喜びを感じるものだが、あの時赤ん坊が「出てきた」時は身の毛がよだったと二エムさんはその日の出来事を振り返る。それから二エムさんは水子供養をするようになった。
水子供養を始めた当初、二エムさんが胎児の亡骸を引き取りに、人工中絶を請け負っている民間の産科病院や診療所などを回ると、何かを企んでいるものと誤解され断られ続けたという。しかし、その後は徐々に二エムさんの活動に理解が示されるようになった。
医療施設からは信頼を得られるようになったものの、近隣住民からは奇異の目に晒された。「みんな私に何でそんなことをするのかって聞くのよ。私自身も何て返せばいいか分からないけど…良いのよ、言わせておけば」と二エムさん。今ではドイコック墓地に愛情を受けることなく去っていった赤ん坊たちが数多く眠っている。
二エムさんは、数日おきに胎児の亡骸を引き取りに回る。まだ辺りが暗い早朝3時半から4時ごろには自転車で自宅を出発し、日が昇る頃に帰宅する。亡骸は専用の冷蔵庫に保管するが、1週間もすると満杯になる。週末になると亡骸を納棺する。冷蔵庫が一杯になるのに比例して、墓地の隅には墓石用の石材が高く積み上げられていく。墓石はいずれも共同墓で、1基に2000~8000、御像の足元にある墓については3万の水子が眠っている。
当初はたった1人で水子供養をしてきた二エムさんだったが、その後はバイクに乗れない二エムさんに代わり夫が亡骸を引き取りに回るようになった。さらに、近隣住民や北部地方の学生たちも多く賛同するようになった。学生たちは時間があると連れ立って墓地の清掃や力仕事を買って出る。そして、二エムさんの自宅も次第に若者たちが集う場所となっている。
人々の助けを受けて、二エムさんはドイコック墓地の隣に小さな土地を買って墓地を拡大させた。しかし、墓地の拡大は新たに両親に我が子を殺させ、水子を増やすことだとして快く思わない人もいるという。
長年の活動から二エムさんの名は広く知られるようになり、妊娠が分かるも恋人や家族に出産を反対された女性たちが訪ねてくることもある。そんな時、二エムさんは出産まで女性たちの面倒を見ている。女性たちが無事に我が子を出産することが二エムさんの何よりの願いなのだ。
二エムさんは自分には7つの責任があるという。その一部が、「お腹を空かせた者には食事を与え、喉が渇いた者には飲み物を与え、希望に破れ自ら暴う者にはそれを止めさせ、居場所がなければ助け、亡き者は埋葬する」。生ける者にも亡き者にも責任を持たなければならない、それが二エムさんの信条だ。
[Dan tri 08:28 06/09/2018, T]
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