[特集]
1960年代のサイゴン、庶民の公共交通手段「セラム」を振り返る
2016/11/13 05:22 JST更新
(C) vnexpress |
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最近では見かけなくなったが、ブンブンと音を響かせながらガソリンの匂いと共に走る三輪タクシー「セラム(xe Lam)」は、1960年代以降のベトナム南部の庶民にとって、当時の移動手段だった馬車に代わる公共交通手段であり、生活の一部でもあった。
セラムという呼び名はイタリアの自動車メーカー、レイランド・イノチェンティが製造販売していたスクーター「ランブレッタ」に由来する。当初はセラムの車体側面に「Lambretta」もしくは「Vespa」の文字が書かれていたが、後に「Lambro 150」「Lambro 175」「Lambro 200」「Lambro 500」「Lambro 550」などに変わった。ベトナム語で車を意味する「セー(xe)」と「ランブロ(Lambro)」を合わせて、「セラム」と呼ばれるようになったのだ。
セラムの設計はかなり独特で、 運転手が座る前方のキャビンと、8~10人が座ることのできる後方の荷台の2つに車体が分かれている。そのため、数十人を乗せていても、セラムの運転手は2輪バイクと同じハンドル操作で運転することができる。
運転席の下にはエンジンが格納されている。エンストした際には運転手が車から降りて、運転席の下のエンジン起動用のロープを引くか、オイルを確認してスパークプラグを拭く必要があった 。
乗客は車体に平行に取り付けられた2つの長椅子に連なって座る。向かい合った乗客は、急ブレーキがかかる度に互いの膝頭がぶつかってしまうため、それを避けるためには脚の向きをずらして座らなければならなかった。
このような座席の作りのため、多くの男女がセラムに乗車したことで偶然に知り合い、恋が始まることもあった。音楽家のビン・スー(Vinh Su)は「午後のセラム(Chuyen xe lam chieu)」という曲の中で次のような歌詞を書いている。
“午後のセラムは混んでいる。互いに知らない人たちが隣同士に座っている。天はなぜこんなにも愚弄するのか。まだ知り合っていない人と、なぜ恋人のように寄り添って座るのか。彼女はセラムを降り、路地を奥に入って行く。彼は心落ち着かず、急いで路地に向かう”。
1960年代当時、セラム1台の価格はおよそ金30テール(1125g)分だった。長年セラムの運転手を務めていたホーチミン市4区在住のラム・クアン・タインさんによると、セラムは価格が高いため、誰でも購入できるものではなかったが、もし手に入れることができればかなりの利益を上げることができたという。
「当時人々は、1日セラムを走らせれば1か月休むことができる、と言っていました。それは言い過ぎですが、それでももしセラムを購入することができて、乗客を乗せて走れば、一家を養うことは可能でした」とタインさんは教えてくれた。
当時、セラムの運行ルートは現在の路線バスと同じくサイゴン中に張り巡らされていたが、現在のバスと異なるのは乗客が乗り降りする停留所が定められていなかったことだ。乗りたい時は路上で手を振って合図し、降りる時はどこでも降ろしてもらうことができた。
物売りの人々は、天秤棒やカバン、その他雑多なものを車の屋根に積載する必要があったが、バスはそれに応じなかった。そのため、運賃はバスの倍以上するが、便利なセラムを利用する人が多かった。当時の運賃は、バスが2VND、セラムが5VNDだった。
1968年末には、南部全域で1万7000台のセラムが走っており、その中でサイゴンのセラム保有数は3200台に上った。当時バスは運行を停止していたため、1971年までにセラムはサイゴン及び南部の各省で最も重要な交通機関となった。当時の報道によると、南部全域のセラム保有数はタクシーの7倍に当たる3万台以上に上っていたという。
1970年代初頭になると、セラムとタクシーが道路を占領するようになり、その後バスが再登場した。1975年の南北統一後、その他の交通機関はガソリンや修理部品が足りず利用できなくなったが、セラムはその普及率と運賃の安さから人々の一般的な交通手段として大いに利用された。
2004年以降、政府は各種運搬車や乗客を輸送する車両の道路への進入制限について定める政令を公布した。これにより、セラムの運行は制限されるようになり、やがて完全に禁止されることとなった。しかし、今なお多くの人々の記憶の中に、セラムはかつてのサイゴンを象徴する思い出として残っている。
[Trung Son, VnExpress, 26/8/2016 | 00:00 GMT+7, A]
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