[特集]
ホーチミン市美術博物館の魅力を探る
2015/08/30 05:16 JST更新
) (C) vnexpress, ホーチミン市美術博物館 |
) (C) vnexpress, 80年前のエレベーター |
ホーチミン市の中心部に位置する同市美術博物館(97A Pho Duc Chinh St., Dist.1, Ho Chi Minh)は、芸術や文化を愛好する人々にとって理想的な場所だ。
1区ベンタイン市場から約200mに位置する同美術博物館は、1987年9月設立。1992年に正式に開館し、現在まで同市及び周辺地域の芸術作品や考古遺物を収集・保管・展示している。庭園を含む面積は4000m2だ。
19世紀末の資産家の華人フア・ボン・ホア(別名チュー・ホア、フランス名Jean Baptist Hua Bon Hoa)氏(1845~1901年)の邸宅だったという建物は、フランスのバロック様式を取り入れて、1929年にフランス人建築家が設計し、1934年に完成した。
ホーチミン市で最も窓の多い建物としても知られており、窓の数は大小合わせて99枚に上る。当初、窓の数は100枚の設計だったが、100枚にすると近くに位置するフランス領インドシナ総督邸宅と風水での相性が悪くなるとして、99枚に減らすことになったという。
入り口を入って正面には、80年もの歴史を持つ旧式の木製エレベーターが残っている。これは、サイゴン(現在のホーチミン市)で初めて設置されたエレベーターだという。
廃品回収で生計を立てていたチュー・ホア氏は、いつしか不動産などで巨大な富を築き上げ、サイゴンの一大資産家となった。この邸宅だけでなく、1区のマジェスティックホテルやツーズー病院、サイゴン病院などを建てた人物もチュー・ホア氏だ。
同美術博物館に関する様々な噂話も言い伝えられている。中でもよく知られた話は、「チュー・ホア氏の娘の幽霊が出る」というもの。1973年には、ホラー映画「コンマーニャーホフア(Con ma nhà họ Hứa=フア家の幽霊)」が公開され、大きな話題となった。
しかし映画は映画、あくまでも作り話で、チュー・ホア氏に娘はいなかったそうだ。映画が話題となり、「娘の幽霊が出る」という噂話が一人歩きしてしまったのだと同美術博物館のガイドは打ち明けた。
フア氏は1901年に死去。残された一家は1975年、海外へ移住した。その後、この建物はホーチミン市美術博物館として生まれ変わり、現在まで当時の姿を残している。
同美術博物館は、フランス植民地時代にインドシナ美術学校とザーディン美術学校で学んだ芸術家や1975年から現在に至るまでの芸術家の作品、考古学の遺物を含む2万1000点余りの収蔵品を有している。また、チュー・ホア氏の遺品も展示されている。
考古学関連では、南部の石製品、土器、陶磁器のほか、チャンパ(2世紀から15世紀後半ごろまでベトナム中南部の沿岸地方に存在したベトナムの初期国家)の遺物などが展示されている。
開館時間は9時から17時までで、休館日は月曜日。入場料は外国人1万VND(約57円)、ベトナム人3000VND(約17円)となっている。
[Duy Tran, 26/8/2015 | 01:00 GMT+7, A]
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