[特集]
‟ベトナムの英雄”レ・コン・ビン、日本での挑戦を振り返る
2013/12/01 08:45 JST更新
(C) bongda+ |
東南アジア人初のJリーガーとして約4か月、コンサドーレ札幌で奮闘した‟ベトナムの英雄”レ・コン・ビン。Jリーグが東南アジア戦略を進める中で、大きな期待を背負っての移籍だった。札幌は最終節の結果により、惜しくもJ1昇格プレーオフ進出を逃したが、コン・ビンが移籍したことで、ベトナム国内初のJ2放送や新規スポンサーの獲得に繋げ、商業的にも一定の成果を挙げた。
コン・ビン自身も徐々に出場機会を増やしていき、重要な試合でゴールを決めるなどピッチでも存在感を示した。レンタル移籍の期限が間近に迫る中、今シーズンの公式戦を全て終えたコン・ビンにインタビューを行い、来シーズンの抱負などを聞いてみた。
−今シーズン最後の試合が終わり、帰国を間近に控えた現在の心境を聞かせてください。
「祖国を離れて暮らす人なら誰でも、帰国する日を指折り数えて楽しみにしているだろう。私も同じだ。娘や家族、友人、チームメイトとの再会を心待ちにしている。しかし、同時にこの地を去ることへの寂しさもある。サッカーを取り巻く日本の環境、札幌の寒さ、新しいチームメイト、そして情熱的なサポーターたち・・・帰国すれば、きっと日本を恋しく思うだろう」
−日本に来てから最も心に残っていることは?
「初めて日本の地を踏んだ時から、会長をはじめとするクラブのフロント陣、専属のシェフに至るまで、皆がベトナムから来た私を暖かく迎え入れてくれた。早く日本の生活に慣れるようにと、私をサポートし、日本語を教えてくれたりもした。サポーターの素晴らしさは想像以上だった。私がスタジアムに姿を見せると、まだ何の実績もない私に熱心に手を振ってくれた。しかし、最も心に残っているのは、ある中年の夫婦がベトナムの国旗を掲げながら、私にサインと記念撮影を求めてきたことだ。日本でベトナムの国旗を手に入れるのは、さぞかし難しかっただろう」
−コンサドーレ札幌との契約が間もなく終了しますが、今回の期限付き移籍を振り返っていかがでしたか?
「正解だった。しかし、思い通りにはいかなかった。札幌で約半分のシーズンを過ごしたが、個人的には日本の生活やサッカーに早く溶け込めたと思う。公式戦では決勝点をあげて、チームの勝利に貢献できた。しかし、重要なのは最終節を終えての結果だ。勝利の女神は私と札幌に微笑んではくれなかった。もし私のフリーキックが決まっていれば、札幌をプレーオフに導くことができ、クラブに最高の形で恩返しができた。だが、全てはもう終わったこと。日本で挑戦した日々は私の誇りだ」
−今回の期限付き移籍を通して学んだことは何でしょうか。
「多くのことを学んだ。日本の言葉、文化、食事、サッカーなど全てが新鮮だった。最も大きな収穫は専門的知識を吸収できたことだ。日本はフィジカルの調整やコンディションの維持など、試合前に必要な準備を科学的に行っている。どうして日本サッカーがこんなに早く発展できたのか分かった気がする」
−最後に2014年の目標を聞かせてください。
「2014年は、ソンラム・ゲアンで優勝し、得点王と最優秀選手賞を獲得したい。そして、AFF スズキカップでベトナムを東南アジア王者に導く。目標達成のために全力を尽くすよ」
−本日はインタビューに応じてくださり、ありがとうございました。今後の成功をお祈りしています。
[Bongda+ 26-11-2013 - 06:34:14U]
© Viet-jo.com 2002-2024 All Rights Reserved.
このサイトにおける情報やその他のデータは、あくまでも利用者の私的利用のみのために提供されているものであって、取引など商用目的のために提供されているものではありません。弊サイトは、こうした情報やデータの誤謬や遅延、或いは、こうした情報やデータに依拠してなされた如何なる行為についても、何らの責任も負うものではありません。