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[特集]

60歳からの起業、サイゴン有数の靴メーカーの成功物語

2012/11/04 08:49 JST更新

(C) Cafebiz, Vina Giayのブー・バン・チャム代表取締役
(C) Cafebiz, Vina Giayのブー・バン・チャム代表取締役
 ホーチミン市の靴メーカーであるビナザイ(Vina Giay)株式会社のブー・バン・チャム代表取締役は、幾度もの浮き沈みを経験し、4度の起業の末、現在の地位を築き上げた信念の人だ。成功を収めた今でも、経営に対する情熱が揺らぐことはない。  紅河デルタ地方ハイズオン省ザーロック郡の伝統ある靴職人一家に生まれた同氏は、幼い頃から靴作りの仕事に慣れ親しんできた。そして、他の兄弟と同じように靴職人の道を進むようになった。1950年代は、靴職人としての腕を磨くため、ハノイ市の靴職人に弟子入りし、修練の日々に励んだ。  その後、北部ハイフォン市で兄弟と共に靴工場を開くが、紆余曲折があり、僅か1年で工場を閉じることになった。同氏は新たな可能性を求めて、サイゴンへ渡ることを決意する。この地で同氏は経営者としての才能を開花させることになる。  サイゴンに移った当初は、有名な靴職人のもとで修行を積んだ。この間に貯めた資金で自分の工場を開設。同氏が作る靴は丈夫で、見た目も美しく、多くの顧客に好まれた。工場は軌道に乗り、一時は200人の工員を抱えるほどに成長した。忙しくも充実した日々が続いたが、時代はベトナム戦争末期、激動の中、同氏の運命もまた、大きな転機を迎えることになる。

 1975年4月30日のサイゴン陥落により、新政府が樹立。急激に押し寄せる社会主義の波がサイゴンの人々の生活を一変させた。工場は合作社と名前を変え、同氏も一工員という立場となった。靴作りだけでは、家計を支えるのも難しくなり、農作業などをして、子供たちの学費を稼いだという。  同氏は困難な状況にあっても、愚直に働き続けた。「逆境を迎えたときこそ、真価が問われる」そう信じて、決して腐ることはなかった。そして、チャンスは再び訪れた。1990年代のドイモイ初期、同氏は4度目の起業を決意する。当時、既に60歳を迎えていた。その後の成功はここで語るまでもない。ホーチミン市民でVina Giayを知らない者などいないのだから。  同氏は自身の経営理念を尋ねられたとき決まって、「道徳」と「知恵」を重んずると答える。「道徳」は顧客の信頼を得るため不可欠なもの、困難な状況下でも、人が助け合いの精神を忘れないのは「道徳」あるゆえ。「知恵」もまた、かけがえのないものだ。才能だけでは成功は掴めない。「知恵」は修練の賜物。情熱を持って求め続けなければならない。  同氏の経営理念は、既に次の世代に受け継がれている。現在、末の息子は渡米し、デザインやビジネスを学んでいる。これまで同氏に師事した靴職人たちも、今ではそれぞれ自分の会社を持ち、後進を育てている。  「ビジネスでの成功とは、単なる金儲けではなく、生活を変える価値を生み出すことである」というのが同氏の持論だ。一介の靴職人から大企業の経営者に。弛まぬ努力を積み重ねて作り上げたブランドだ。ここには経営者が見習うべき成功の鍵が隠されていそうだ。 

[Tu Anh Cafebiz 15/06/2012, 08:24U]
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