[特集]
少数民族村の奇跡、枯葉剤被害の少年
2011/08/28 06:10 JST更新
(C) Dan Tri |
中部高原地方ザライ省クロンパ郡にある少数民族の村ジライ村に住むナイ・ドロエンは生まれつき両手両足の無い枯葉剤被害の少年だ。彼の住む村には古い言い伝えがある。「未熟児は先祖の眠る土へ還さなければならない。さもないと祟りが起こる」それに従うなら、彼は生きることが許されない。しかし、彼は生き残り、村人達から奇跡であると言われている。
ドロエンの父クボル・ヨアンと母ナイ・フドリルは1972年、南ベトナム解放民族戦線に参加していた。彼らが拠点にしていた地区は米軍の枯葉剤が大量に散布された地区だった。戦後、2人は村に帰還し村の幹部として働いた。1990年には引退し、家で農業を営むようになった。やがてフドリルは1人の赤ん坊を出産する。生まれてきた赤ん坊は頭しかない肉の塊のような姿だった。嘆き悲しむ夫婦のもとを村の長老が訪ね、その子を土へ還すよう諭した。祟りを恐れた夫婦は、そのしきたりに従った。
数年後、再び妊娠したフドリルは畑の上で赤ん坊を産み落とした。生まれてきた赤ん坊は手首から先と両足が無かった。村人達は祟りを恐れ、土へ還すよう口々に言った。ヨアンは手足の無い息子をこのまま生かしておくのは不憫だと思い、しきたりに従おうとした。しかし、いざ土に還そうとするとその赤ん坊はひどく泣きじゃくって抵抗した。いたたまれなくなったヨアンは息子を家へ連れ帰った。またしても子供を失ったと悲観に暮れていたフドリルは、帰ってきた息子を見ると涙を零しながら駆け寄って乳をあげた。すると、赤ん坊は泣き止み穏やかな顔になった。2人は子供をナイ・ドロエンと名付け、育てることを誓った。
障害があるためドロエンは一日中、家の中や庭で遊んでいた。両親が畑仕事で家を出ているときは、自分のことは自分でやり、家畜の世話もした。ある日ドロエンは、自分も学校に行きたいと言って、両親を驚かせた。ヨアンは考え抜いた挙句、息子を小学校へ行かせることにした。嬉しさと不安がないまぜだったが、ドロエンは手足この無いものの頭は聡明だった。ヨアンは村の小学校に頼み込んで、何とか一年生のクラスに入れてもらえることになった。
こうして、ドロエンは小学生になった。学校に入ると、ドロエンの生活は一変した。手が無いので、腕の先で鉛筆をつまみ一生懸命に文字を書く練習をした。足が無いので、地面に体を投げつけるようにして、数キロの通学路を往復した。そんなドロエンの姿を見て、クラスメートも先生も村中の人間が彼を受け入れるようになっていった。
「息子は以前、周りの目を気にして人と接するのも苦手でした。でも、今では大勢の友達ができて、読み書きも計算もできるようになりました。」ヨアンは嬉しそうに語った。今年ドロエンは中学2年生になる。成績も極めて優秀、特に数学と美術の才能は先生のお墨付きだ。彼は毎朝、地面を這って通学している。村の古いしきたりを乗り越えて生きる彼を村人達は奇跡であると言う。
[Thiên Thư Dantri 12/08/2011 - 17:16 U]
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