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[コラム]

「日越の架け橋となる仕事を」カオ・ミン・ケンさん/食品メーカー【前編】

2016/04/11 08:30 JST更新

ベトナムで人材紹介を行う JellyfishHR がお届けするこのコラムでは、現地で実際に生活をしている日本人に、ベトナムでの生活、ベトナム人との仕事、日本との違いなどをインタビューしていますが、今回は少し変わった経歴をお持ちでいらっしゃるカオ・ミン・ケンさんを取材しました!

ベトナム人でありながら、生まれも育ちも日本のカオ・ミン・ケンさん。幼少期からやんちゃで目立ちたがり屋のせいか、現在もベトナム・ホーチミン市で活発に活動されています。
そんな彼は、 MBAを取得したのちに豆腐屋になることに! カオさんの奇想天外な人生を紹介します!!
 

ローカル層をターゲットとしたマーケティング

− まずは画面の向こうの読者に向かって自己紹介をお願いします!
 
カオ: カオ・ミン・ケンです。日本育ちのベトナム人で、早稲田大学を卒業後、大手メーカーで営業を担当していました。そして2015年10月にホーチミンへ来て、今は父親が2007年に立ち上げた 「Vi Nguyen(ヴィ・グエン)」 という会社を将来的に継ぐために働いています。
知っている人もいるかと思いますが、 ベトナムで納豆、豆腐や冷奴、しらたきなどを国内で製造販売しているほか、一部は日本へ輸出しています。 超おいしいです!!
現在は社長候補として何でもやりますが、特にマーケティング、営業、戦略立案などを主に担当しています。
 
− 既に社長候補なんですね! マーケティングというと、具体的にはどのようなことをされていらっしゃるのですか?
 
カオ: マーケテイングとは、豆腐やこんにゃくをどのようなターゲットに、どのような価格で、どのようにPRしていくかを考えていくことです。豆腐を例にすると、ベトナム人をターゲットにして商品作りをしていて、彼らはどうやって豆腐を食べるのかを考えた時、基本的に豆腐を鍋にぶっこんで食べるんですよ。
彼らの 習慣に合わせた商品作り をして、例えば鍋の豆腐を どのように食べるのか、どのような味付けか、 などを考慮に入れています。また、 ローカル層が購入しやすい値段設定 にし、彼らが買い物をするローカル市場などにも販売をしています。
イオンやロッテマートなどの主要スーパーでも販売されているので、ぜひ手にとってみてください。
さて、私の担当しているマーケティング業務はターゲットを明確に定めて、その ターゲットに刺さるPR、価格、販売方法等の最適な組み合わせを考えて作戦を立てる わけです。
実際それらと同時進行でオペレーションも営業もプロモーションも自分でやっています(主に日系企業担当)。ベトナム企業向けは父やベトナム人従業員が担当しています。
 
− ローカル層をターゲティングされていらっしゃるのですね! そこに何か狙いがあるのですか?
 
カオ: 市場の大きさが全然違いますからね。実は前も食品に関わった仕事をしていたのですが、日本の食品は現地日本人と富裕層をターゲットにしている傾向が強いです。その一方、ローカルのボリューム層を敢えて狙っている会社は少ない気がします。そのため、うちの会社はどちらかというとローカルメインで頑張っています。
− 日本の企業の戦略のことは勉強になります!
  

周りとは違うバックグラウンドでの幼少期

− 日本にいる時はどのようなことをしていたのですか?
カオ: そうですね、新卒時代は大手電気機器メーカーで営業の仕事を3年間、その後、食品会社で3年間働きました。学生時代はカナダのトロントに1年間留学した経験があります。
− 早稲田大学でカナダに留学して、更に大手企業に入るなんて、エリートですね! そんなカオさん、 実はシンガポール国立大学でMBAを取得されたのですよね?
カオ: そうですね! この話をするとかなり長くなるので、どうして私が父親の会社を継ごうと思ったのか、どうしてMBAを取ろうと思ったのか、時系列でお話します。
そもそも私は日本生まれの日本育ち。日本の名前はないです。ずっと外国人として日本で生きてきました。
一方、ベトナムに帰っても私は外国人扱いされます。ベトナム語ができないからです。そのため、 日本でもベトナムでも外国人という、常にアウェイな環境で育ってきました。
日本は他の人と違うことを嫌がる傾向があると思うけど、私はそのような異質な環境で育ってきたので、人と違うことに対して何も拒否反応がない。
出自から既に人と違うので、とにかく目立ちまくっていました。
 
− とてもやんちゃな幼少期だったのですね。 大学の時はどうでしたか?

大学卒業式で学生代表として稲魂賞受賞のスピーチをするカオさん
カオ: 大学でも人と違うことを頑張りました。例えば、 ベトナムでボランティアを行う団体 を立ち上げました。今でも活動が継続されているのですが、その活動が評価されて、卒業式の時に学生代表として大学から表彰されました。「稲魂賞」というものです。それは人と違うことをやったからだと思っています。
とにかく人と違うことをやって、結果も出してきました。
 
− 順風満帆な人生のように聞こえます。 大学卒業後はどうでしたか?
 
カオ: でも、社会人になると、そうはいかない。わかるでしょ?(笑)
あくまで一般論ですが、企業に入社して、巨大組織のピラミッドの一番下に組み込まれると、今までのように自由にふるまえなくなります。組織の方針や上司の考えが自分のそれよりも優先されることが大半です。これは組織論としては至極当然です。
ですが、私はそのせいで、 社会人になってからスランプに陥ってしまいました。 人生で最大の自信喪失に陥り、その経験から、 自分のことを言えない、表現できない環境は合わない と感じていました。
学生時代を振り返って、 自分を自由に表現できる環境こそが己の力を発揮するのに最も重要だ と気がつきました。これは6年間働いてやっと悟ったことです。
「じゃあどうする?」と自分自身に問いかけた時、 「起業するしかない」 と答えが出ました。 それこそ一番自由な生き方だと感じたのです。
もちろんそんな簡単にできることではないとは知っていながらです。
父親が9年前に会社を興して、いい感じになっていたこともあり、タイミング良く「お前もやれ」と父親から言われました。
6年間自由のない環境でくすぶるよりも、自由で自分自身を表現できるようにしたい。そのためには、まず父親の会社に身を置くのがいいんじゃないかなと思って、ベトナムに来ることにしました。
どういう学生でどのようなフィロソフィーがあって、どういう会社に入って、どのような挫折をしてというのが今までの人生のファーストステージです。
自分の特色を活かすには、 日本とベトナムの架け橋になる仕事 がよいと思いました。ポジショニング的にも日本とベトナムの両方を知る人材は少ないはずです。
ベトナムは、今後需要が大きく伸びるマーケットで、自分を上手く差別化できる場所だと思いました。 自分が活躍する場所だと感じたのでベトナムに来ようと思いました。
これは「何でベトナムなの?」という質問に対する答えです。
(~中編へ続く~)

>> 中編では、シンガポール国立大学でMBAを取得した話を公開!→  こちら

>> 後編では、最後にキャリアに悩む読者にエールを送りします!(4月25日)
 

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